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I'

労                           働者劇団つぶれそう一座
                 巡業公演2012(春)
             【愛知のむかし話・其ノ④】

        月夜のキツネ
          (西春日郡春日町)

                      原作・愛知のむかし話①
          「月夜のキツネ」より


(発行・愛知県教育振興会)
脚本・野﨑佳史
『地域の名を消すな!』
 台本によせて―二〇一一年一月三十日(月)野﨑佳史
むかし話の舞台を歩くのは名古屋市内よりも町外れの小さな田舎の方がおもしろい。町の中心地は物語が誕生した頃とは姿・形がすっかり変わっていて創造力をうんと働かさないといけません。けれど田舎町は森や川がそのままの姿で残され、今にも動物たちがひょっこりと顔を出すような不思議な気持ちになりますし、むかし話を村人たちがしっかりと伝承している所が多いからです。
ところが困ったことに田舎の方は集落がどんどんと合併し、村の名前が消えています。平成になってもその勢いは止まらず道州制が導入されれば慣れ親しんだ町や村の名前も近い将来、忘れ去られていくでしょう。各集落に一つはあったと言われる、むかし話も合併を繰り返している間に消えました、とても残念です。
今回のお話の舞台は愛知県西春日井郡西春町―今は周辺の村が合併して清洲市になりました。このお話を書こうと思ったとき、物語の舞台の名をどうやって表記しようか悩みましたが、もし僕がこの町で生まれ、学び、恋をしたなら、いつまでも自分が育った村の名前を残したいと考えるでしょう。集落の名前は、その土地に伝わる文化や知恵や希望がいっぱい詰まっている筈です。清洲市や北名古屋市なんて名前はずいぶん乱暴で簡素な気がしますね。
これから僕たちは長い時間をかけてむかし話を創っていきますが、その地域で慣れ親しんだ故郷(ふるさと)の名前を表記していきたいと思います。むかし話を掘り起こし表現するということは、生活文化を継承し、後世に伝えていくことだと考えるからです。
まだ人間がキツネやタヌキとお話できていた頃の物語―『月夜のキツネ』の始まりです。
(登場人物)
文斎先生・医者
孝吉  ・子キツネ
お春  ・母キツネ
お美津 ・年増女性
庄太  ・若い百姓
お志津 ・母親【または姉】
お慶  ・娘
桂 徳杉・噺家

 

 

(場)
まくら「文斎先生」  【つぶれそう寄席】
           【竹薮の見える丘】
           【花道】
第一場「月夜の来客」 【文斎先生の家(兼)診療所】 
           【花道】
第二場「月明かりの道」【竹薮の見える丘】
           【花道】
第三場「お春さん」  【お春さんの家】
           【花道】
さげ 「二匹のキツネ」【仏音寺】
           【花道】


まくら『文斎先生』

        つぶれそう寄席
        お題『月夜のキツネ』
        お囃子が流れて―
        噺家・桂徳杉が登場

徳杉   「え~、今年もお招き頂きありがとうございます
ドレミファ先生の賑やかな演奏に続きまして今度は日本のむかし話をみなさんに見てもらいます

むかしからキツネは七化け、タヌキは八化けと言いましてタヌキの方が一つ多く化けるんだそうですが、最後までうまくいったことがありません、大概は失敗をしてしまいます、キツネと違ってタヌキはどこかおっちょこちょいなところがあるんですね
ある東北の村で腹を空かせたタヌキが山から降りてくると、どこからか賑やかな声が聞こえてきたので何だろうと思って家の中を覗くと、若者が多勢集まってお酒を飲んでいました
その中にタヌキの好きな饅頭があったので―
―あれ食べたいな、何とかして食べる方法はないかな
と考えていると
―じゃあ、おらあ明日早いから帰(けえ)るべ
と一人帰って行きました
しめた、あいつに化けて饅頭を頂こうと思い
―帰(けえ)ろうと思ったんだども、もう少し飲んでいくべ
と胡座をかいた途端に―
―タヌキだ!
と言ってみんなに殴られ大慌てで外に逃げました
何でバレたんだろうと考えてみたら、あんまりにも饅頭が美味しそうなんで化けるのを忘れてしまったという話もありますが、こんなふうにタヌキはおっちょこちょいなところがあって可愛らしいんですがキツネの方はというと頭がとてもよく、あの細くつり上がった目で私たち人間がどんなふうに見えているのか考えてしまいます

愛知県西春日井郡春日町―むかしは大里村とよんでいましたが、この村に南文斎という、みなさんのお爺さんとおなじぐらいの医者が住んでいました
むかしは今と違って病気によって診てもらう医者が違うってことはなかったんだそうですね、風邪をひいても怪我をしても同じ医者が診ていたんだそうです
小さな村には名古屋とか東京のように医者がたくさんいませんので一人で何でもやらなくてはいけなかったようです
その文斎先生が江戸時代に書いた日記の中に―今日はとても不思議なことがあったという出来事は、今でも春日町の人たちの間で語り継がれているといいます、一体、文斎先生にどんな不思議なことが起きたのでしょう?」

        音楽

徳杉   「今日は愛知県春日町のむかし話でキツネが登場す
るお話を見て頂きます
それでは、つぶれそう一座、『月夜のキツネ』の―
はじまり、はじまり~」

        拍子木が鳴り―
        幕
        竹薮の見える丘
月夜に二匹のキツネの影が浮かぶ
子キツネが親キツネを追って元気よく跳びまわっている
        母子【または姉妹】が遊びに来るとキツネの影が消える

  ♪ひとだまひとつ
    ふたしてふたつ
   みつめてみっつ
    よつゆによっつ
   いつまでいつつ
    むっつりむっつ
   ななしのななつ
    やつれてやっつ
   ここにここのつ
    とおくにとお
   なむじゅういちめんかんぜおん
   じゅうにじょごんげん

数え歌をしながら縄跳びをして遊ぶ母子
        躓いて娘のお慶が躓き泣き出す

お志津  「泣きな」

        泣いている娘

お志津  「泣きな言うてるやろ」
―膝を擦りむいたみたいやな
      なあ、文斎先生に見てもらおうか」

        泣いているお慶を起き上がらせ

お志津  「歩けるかい?」
お慶   「―うん」
お志津  「文斎先生の所に行こか」
お慶   「―うん」

        【花道・または幕を閉める・以下花道と表現】

  ♪ひとだまひとつ
    ふたしてふたつ
   みつめてみっつ
    よつゆによっつ
   いつまでいつつ
    むっつりむっつ
   ななしのななつ
    やつれてやっつ
   ここにここのつ
    とおくにとお
   なむじゅういちめんかんぜおん
   じゅうにじょごんげん

再びキツネの影が現われる

 

第一場『月夜の来客』

 

        古い箪笥に木彫り机
文斎先生の診療所兼家
        辺りは暗く月が昇っている
文斎先生に診療してもらっているのは村の年増女性・お美津

文斎   「これは風邪ですな、いま薬を煎じますからお待ち下され」
お美津  「ありがとうございます」

        文斎先生、薬を調合する

文斎   「ところでお美津さん、娘さんはいくつになりましかかのう」
お美津  「先生、もう二十歳をとうに過ぎてますわ」
文斎   「いやあ、そうでしたか、早いもんですなあ
わしがこの村に来てからのお付き合いじゃが本当にあんたは変わらんのう
若くして旦那と死に別れ、女手一つで娘を育ててきたんだ、あんたは苦労人だよ」
お美津  「もうずいぶんむかしの話ですわ、あの人の顔も忘れてしまいました」
文斎   「ええ人じゃったがな、ああいう人がわしよりも先に亡くなっていくんじゃからな
      さ、薬じゃ―これを毎朝飲みなされ、じきによくなるよ」
お美津  「ありがとうございます」
文斎   「若い頃の疲れが歳をとると出てくるもんじゃ、安静にな」
お美津  「―はい」

        外に出るお美津
音楽

お美津  「先生―」
文斎   「ん?」
お美津  「こんな田舎の村に来て頂いて本当に感謝してますわ」
文斎   「なあに、これも何かの縁じゃろ」
お美津  「医者がいなくて病気になれば町まで出て行かなくてはならなかったのですが先生のおかげで本当に助かっています」
文斎   「さ、もう遅いから帰りなされ」
お美津  「―おやすみなさいませ」
文斎   「おやすみ」
        
去る
        文斎、あくびをして―

文斎   「さて、そろろろ寝るとするか」

        煎餅布団をひき、灯りを消す
        カエルの合唱
        ―
庄太がやってくる
        木戸を叩く

庄太   「先生―、文斎先生」
文斎   「―なんじゃ、その声は庄太か」
庄太   「はい、ちょっと話があるんで戸を開けて下さいな」
文斎   「すまないが―今、床に入ったばかりなんじゃ
      悪いが明日にしてくれんかのう」
庄太   「文斎先生に相談したいことがあるんで」
文斎   「相談ごとかいな―しょうがないな」

        起き上がり、戸を開ける

庄太   「すんませんな」
文斎   「どうしたんじゃ、こんな遅くに」
庄太   「ほんなら、失礼して―」

        庄太、ずかずかと上がりこむ

庄太   「相変わらず古い家ですな、こんなボロじゃ病人の病が悪化してしまいますぜ」

        道具を取って

庄太   「うっわ、こりゃまた年代物ですな
      いつ買ったんですか?奈良時代か平安時代のもんじゃないですか
      この間、仕事で江戸の方に行きましたらね、いい古道具屋さんがありました
      ああいう所でしたら、ええ代物がみつかいますせ」

        薬箱を開け

庄太   「あ~あ、こんな所に埃がたまってますぜ(息を吹きかけむせる)こりゃひでえや、薬だか埃だか分からねえよ」
文斎   「これこれ、庄太―お主は家に文句をつけにきたのか」
庄太   「いやあ、そうじゃねえんですがね、あまりも酷い生活をしてるんで―いや、こりゃ失礼
      実はね―今日はちょいと先生の知恵を借りたいと思ってお邪魔したんですよ」
文斎   「そうか、病気のことなら何でも相談にのるぞ」
庄太   「いや、そうじゃねんです、俺はこの通り、身体は丈夫なんで、へい」
文斎   「ほう―じゃあわしに相談というのは何かな」
庄太   「この前、畑で草取りをやった後、川で身体を洗っとんだわな、その日は暑い日でしたなあ
川下の方を見るとな、この辺りでは見かけん小さな子どもが俺と同じように身体を洗っとるんだわな
      どこの村の子やろうと思ってようみると、子どもではなく小さなキツネだったんだわ
川から上がったキツネがその辺の草や葉っぱを降りかけると驚いたことに着物姿の娘さんになったんだわな
      ほれからが凄いんだわ
川の水をすくって頭にかけると綺麗に結った髪になり、足に水をかけたらキツネの足が鼻緒の草履になるんだわな
      そんで川から村の方に歩いて行ったんだわ
      あいつ、うまく化けたつもりだが、おれはキツネが化けたことを知っとるからよ、村人を騙そうと思ったら大声で正体をばらしてやろうと思ってキツネの後をついていったら一軒の農家に入ったんよ
さてはここで誰かを騙すつもりだな―
俺は節穴からキツネが入っていった中を覗いたんだ
そしたら辺りがどうも臭うし、中は真っ暗―
おかしいなと思っていると、何のことはない、俺が覗いておったんわ自分の飼っておる馬の尻の穴―

あのキツネの野郎、俺を騙しやがって―」
文斎   「は、は、は」
庄太   「先生、笑いごとじゃねえんだよ」
文斎   「この辺りはキツネの親子が住みついておってな、時々そうやって人を騙して遊んどるっちゅう話じゃ」
庄太   「あの子キヅネの野郎め!」
文斎   「まあまあ、そうむきになりさなんな」
庄太   「なんとかあのキツネを見返してやろうと思ってい
るんですがね、先生、なんかいい知恵ありませんか?」
文斎   「キツネは頭がよいでな、下手に手を出すとまたやられるぞ」
庄太   「なあ、先生よ、頼むよ」
文斎   「やめておきなされ、子どもの悪戯だと思うんじゃな」
庄太   「―」
文斎   「庄太よ、この間、患者から聞いたんじゃがな、キツネに化かされた百姓たちが仕返しをしようとな、キツネに肥溜めをふっかけたんじゃと、慌ててキツネは逃げ出し、百姓たちはそのまま釣りに出かけたんだそうじゃ
ところが晩げになっても帰ってこないので家のもんが捜しにいったんじゃと
そしたらな、畑で百姓たちが釣りをしとんたんじゃと
家のもんが
―お~い、そんな所で何やっとる?
と聞いたら百姓たちが
―見てのとおり釣りをしとる
ちゅうから
―畑じゃ魚は釣れん、お主たちはキツネに騙されたんよ、わっはっはっは
と大笑いさられたそうじゃ」
庄太   「―」
文斎   「な、キツネの奴は頭が良いでな、変な考えは起こ
さんほうがええ
もしかしたら―
わし―
もキツネだったりして―」

        庄太、大声を上げて文斎先生の家から飛び出る

文斎   「は、は、は
      夜道は見をつけてな
      キツネに騙されるなよ」

        庄太は走って去っていく
        音楽

文斎   「さて―
      今度こそ寝るとするか」

        灯りを消し、布団をかぶる
        カエルの合唱
        月の灯りがまぶしい
        ―
提灯を持った孝吉が現われる
        木戸を静かに叩く

孝吉   「文斎先生、先生―」
文斎   「誰じゃ?」
孝吉   「春日村の孝吉です」
文斎   「おお、孝吉か―こんな夜遅くにどうした?」
孝吉   「急病人でございます」
文斎   「真夜中だよ、すまないがね、明日にしてくれないかな」
孝吉   「お願いです、おっかあが苦しがっています
文斎   「お春さんが?」

        起き上がる

文斎   「今日はばかに夜の来客が多いな―」

        戸を開ける

孝吉   「文斎先生、助けて下さい」
文斎   「落ちついて、いつから調子が悪いんだい?」
孝吉   「昨日からです、私が仕事から帰ってくると、おっかあが倒れていて」
文斎   「何でもっと早く知らせなかった」
孝吉   「それは―いつも温かくしていれば直ぐに治るから」
文斎   「とにかく家まで行こう
      薬箱を持ってくるから待っていなさい」

薬箱を取りに行く

孝吉   「先生、急いで下さい」
文斎   「分かっておる
      ―
      さて、行くか」
孝吉   「お願いします」

        提灯を照らしながら歩き出す
       【花道】

孝吉   「さ、先生こちらです」
文斎   「はて、お春さんの家はこちらじゃったかな」
孝吉   「先生―春日村は随分、御無沙汰なのではないのですか?」
文斎   「そんなことはないんじゃがのう―」
孝吉   「新しい道ができましたんで、こちらのほうが近道になりました、夜道なんで暗くてよく分からないと思いますが―」
文斎   「今日は綺麗な満月よって、いつもよりも明るいんじゃがなあ」
孝吉   「先生の覚え違いですよ
      さあさあ、こちらです」

 

第2場『月明かりの道』

        大里村から春日村に抜ける竹薮の見える丘
        辺りは竹林が覆い茂り、空には大きな満月が浮かんでいる

文斎   「これこれ、そんなに早よう歩いたら、私がついてい
けないじゃないか」
孝吉   「先生、申し訳ないんだが急いで下さい」
文斎   「そうしたいのは山々なんじゃが、何せ私も歳をとっているからのう、孝吉のように急いで歩けないんじゃ」

        立ち止まり

文斎   「はて―お春さんのうちは本当にこちらでよかったかのう」
孝吉   「間違えございません、いまおらが歩いてきたばかりなんで―」
文斎   「そうか―キツネが化けて人を騙しているなんて話を今しがた庄太に話したばかりだでな
      ―私の思い違いかな?」
孝吉   「先生―足元に気をつけて下され」
文斎   「はいはい」

        歩く
        すると風が吹き出す

文斎   「お、風が出てきたようじゃな、急がんといかんな」
孝吉   「へえ―」

        歩く
        風―

文斎   「孝吉や、提灯の灯は大丈夫かな?」
孝吉   「へえ―(提灯を見て)大丈夫です」

        大きな風―
        提灯の灯が消える
        音楽

文斎   「おおっっ
      孝吉―提灯の灯が消えてしもうたな」
孝吉   「すみません先生―すぐに灯をつけますから―」
文斎   「案ずることはないぞ、今日は月夜じゃて」
孝吉   「しかし足元が悪いので―すぐに灯りを」

        孝吉が灯を点ける間に―
        文斎が月を見上げ

文斎   「いやぁ、今日はまた一段と綺麗なお月様―
      ―
      なあ孝吉や、私たちが住んでいる所から、お月様までどれ位離れているか知ってるかな」
孝吉   「存じませんが―
文斎   「わしは知りたいのう
      いつからお月様がああやって浮かんでおるんか
もしかしたら私たちのような人間が住んでおるかもしれんな
      私のように向こうからもこうやって、こちらの星を眺めておるんかいのう―
      ―」

孝吉   「さ、先生―灯が点きました」

        ぼんやりと提灯の灯りが点く
        すると孝吉の影がキツネになっているが、文斎
先生は気づかない

文斎   「おう、そうか
      じゃあ先を急ぐとするか」

       【花道】

文斎   「―ところで孝吉
      お主が春日村に越してきて何年になるかいのう?」
孝吉   「へえ、もう十年近くになるかと―」
文斎   「はて、そんなになるかいのう?
たしか、まだ五年も経たんと思うんじゃが―」
孝吉   「あ、そうでした
      おらの家は父親の仕事であちこちに移りますので」
文斎   「はて、お春さんは再婚したんかな?
たしか若い時分に旦那を亡くされたと聞いてたんじゃが」
孝吉   「―」
文斎   「再婚した旦那は家におるんかいな?」
孝吉   「へえ、ちょいと江戸の方まで出稼ぎに行ってまし
て―」
文斎   「そうか―
      じゃあ母子(ははこ)で大変じゃなあ」
孝吉   「さ、こちらです」

 

第三場『お春さん』

        お春さんの家
        ボロボロの箪笥に破れた障子のあばら家

孝吉   「さ、先生―どうぞ」
文斎   「じゃあ、失礼して―」
孝吉   「おっかあ、文斎先生を連れてきたぞ」
お春   「先生―遠い所をすみません」
文斎   「なあに、これがわしの仕事じゃでな」
お春   「ありがとうございます」
孝吉   「先生、具合はどうですか?」
文斎   「幸吉や、そう慌てなさんな
      ん、顔色は悪くないようじゃが、頬が前よりも少し痩せたようじゃな、気のせいか目もずいぶん細くなったようじゃな
どれ」

        熱を計る

文斎   「うん、熱はないようじゃが
      お春さん、どこが苦しいんじゃ?」
お春   「―はい、お腹がひどく痛むんです」
文斎   「ほう、お腹ですか
      ―孝吉、ちょいと桶に一杯、水を汲んできてくれんか」
孝吉   「へい」

        孝吉、出て行く
文斎   「お春さん、すぐに楽にしてやるからな、もう少しの辛抱じゃ」

        孝吉、家の前の井戸で釣瓶から水を汲んでいる

文斎   「お春さん、ちょっとお腹を出してくれんかな」
お春   「はい」

        ゆっくり起き上がり、お腹を出す
        お腹に手を当てる文斎先生

文斎   「ん?
      お?―
      う~ん」
お春   「先生―私はひどい病なんでしょうか?もし私があの世に行ったら、あの子が可愛そうでなりません、まだ幼い身です
                一人で生きていくのがどんなに大変なことか」
文斎   「お春さん、心配さならんでええ」
お春   「は?」
文斎   「こりゃ食べすぎじゃて、たいしたことはないよ」

        お春さん、ため息をつく

文斎   「いま薬を煎じますからな、ちょいと辛抱して下さい」
お春   「すみません」
文斎   「しかしそうとう食べたとみえるな、いったいそんな細い身体のどこに入るんかのう?は、は、は―」
お春   「お恥ずかしい限りです」
文斎   「恥ずかしいことはありませんぞ、食べれるということは身体が丈夫だということですからなあ」
―ん?」
      
        眼鏡を外す

お春   「何かまだ?」
文斎   「ここへ来る途中に、孝吉の奴がお春さんは旦那をもらったと言っておったんじゃが、いまあんたは私が死んだら孝吉が一    人になるといいなさったはて―?」
お春   「そ、それは―あの子は旦那とうまくいってないようなんです、前の父親が忘れられないのでしょう
それで―」
文斎   「そうですか、いや、わしのほうこそすまなんだ
      人の家のことをとやかく言って―」
お春   「いいえ、構いませんわ」

        孝吉が水を桶に汲んで持ってくる

孝吉   「先生
      これでいいですか?」
文斎   「ああ結構結構―さ、お春さん
      これを飲んで」

        薬を渡す

文斎   「これで直によくなるよ」
孝吉   「先生―本当にありがとうございました」
それで―おっかあの病気はなんでしたか?」
文斎   「それはじゃな」
耳うちする
        孝吉笑う

お春   「嫌ですわ先生
      私の病気を話して―」
文斎   「いや、すまんすまん
      医者の不摂生ですな」

        大笑い

お春   「孝吉や、棚にお菓子があっただろ、あれを先生に出しして」
孝吉   「はい」
文斎   「もう夜明けじゃ、明日も診療があるから、これでご無礼するよ」
お志津  「何のお構いもしませんですみません」
文斎   「いやいや―
      しかし大事に至らなくてよかった、よかった、孝吉の真心がつうじたんじゃろ」
孝吉   「えへへ・・・」
お志津  「孝吉、このお菓子を包んで持っていってもらいな
さい」
孝吉   「―うん」

        孝吉、菓子を包む

文斎   「じゃあ、また寄るでな」
お志津  「ありがとうございました」
孝吉   「先生―これ」

       菓子を渡す

文斎   「お大事な」

        音楽
        文斎先生、家を出る
離れた所から親子を見つめる
        キツネの影
       【花道】

文斎   「はて―
      どちらから来たかいのう」

        風―

文斎   「お、また風が
出てきたな」

        風―

文斎   「う~ん、道が全く分からん
      どれ、引き返して孝吉に聞くとするか」

 

 

さ げ『二匹のキツネ』

        仏音寺の寺門

文斎   「ありゃ、ここは仏音寺ではないか?
      ―
      はて?一本道を戻ってきただけなんじゃがな」

        太陽が昇る

文斎   「とうとう陽が昇ってしもうたわい」

        大きく背伸びする

文斎   「お腹がすいたのう―
そうじゃ、先ほどのお菓子でも頂くとするか」

        箱を開けるとフキの葉っぱが大量に出てくる

文斎   「何じゃい、こりゃ?
      ん?いかん、孝吉の家に眼鏡を忘れてしもうたわい
      何とか家を探さんと―」

        辺りを見回しながら探す文斎先生
        門の隅に置いてある眼鏡を発見する文斎先生

文斎   「あ、あった!
      待てよ、どうしてこんな所にわしの眼鏡があるんじゃろうか」
すると―
        遠くでコ~ン、コ~ンと泣き声がして、門の隅から親子キツネの影が浮かぶ

文斎   「親子ギツネ
      あ?そうか
      は、は、は―うまく騙されたわい」

        子ギツネが親ギツネを追い回す

文斎   「お春さんもすっかり治ったようじゃな、よしよし」

        ゆっくり消えていく文斎先生
        元気に遊ぶ親子キツネたち
        母子が登場し、お手玉で遊ぶ

        桂 徳杉が登場

徳杉   「こうして病気だったお母さんキツネは文斎先生の
おかげでよくなり、子キツネと一緒に暮らしました
むかし話に登場するキツネは古今東西を問わずずる賢いことが多いのですが、この物語は誠に微笑ましく、ほのぼのとしたものを感じます
まだ人々が頭の上にちょん髷を付けていた江戸の時代にはキツネやタヌキに化かされたお話がたくさんありました
厳しい身分制度の中、動物たちが人間の前に現われて化かし化かされながら生活の苦しさを紛らわせていたのかもしれませんね

人間が動物とお話ができていた頃のお話『月夜のキツネ』これにて終わりとさせて頂きます
ありがとうございました―」

        母子の歌


  ♪ひとだまひとつ
    ふたしてふたつ
   みつめてみっつ
    よつゆによっつ
   いつまでいつつ
    むっつりむっつ
   ななしのななつ
    やつれてやっつ
   ここにここのつ
    とおくにとお
   なむじゅういちめんかんぜおん
   じゅうにじょごんげん


孝吉とお春さんが花道の文斎先生に礼をする
        ―
        音楽が静かに流れる中―
        幕が閉まる

       (終わり)


あとがき『キツネの目』
今から四年前、僕は前の仕事を辞めて東北のみちのく一人旅に出かけました。東北を選んだ理由は三陸海岸を鈍行列車の中からゆっくり眺めながら、これからの人生を考えてみたいと思ったからです。ところが宇都宮から在来線に乗ったものの、途中の石巻駅で夜になってしまったために下車し、安い旅館で一泊して石巻の町をブラブラ歩いていると、古本屋を一軒見つけました。そこには東北が生んだ作家・宮澤賢治のコ―ナ―が特別に棚に陳列されていて、僕は埃のかぶった宮澤賢治傑作選(唐木順三)を購入して鈍行列車に乗って久しく読んでいなかった「セロ弾きのゴ―シュ」に目を通しました。子どもの頃は何て面白くないお話だろうと思っていましたが、大人になり、人生の分かれ道の際に読んだ「セロ弾きのゴ―シュ」に心を打たれ僕は電車の中で人の目を気にすることなく泣いてしましました。なぜ心を打たれたのか自分でもよく分からなかったのですが、きっと動物が主人公のゴ―シュを励まし、ゴ―シュ自身も動物の存在を認めたからだと思います。傲慢で自分勝手な我々人間に対して動物たちは決して威張らず欲がないという所に主人公のゴ―シュも僕も気づかされたのです。
それから僕は岩手の宮澤賢治記念館に行きました。宮澤賢治はいろんな小説を描いており、ブ―スによってテ―マが分かれ解説がついていました。動物ブ―スの解説にこんなことが書かれていました。「あのずる賢そうなキツネの吊り上がった目も賢治には愛らしく見えたのでしょう」
それから僕はキツネの目から人間がどのように見えているのか考えるようになりました。この作品もキツネの目を通して人間を描いた物語です。まだ改良の余地はありますが、温もりのあるこの作品を多くの方に見て欲しいと願うのです。

 

 

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