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労働者劇団つぶれそう一座
          自主公演2011

【愛知のむかし話・其ノ⑥】
雨をふらせた泥棒
     
  (愛知県瀬戸市)
原作・「親子で楽しむ
愛知のむかし話①」
『雨をふらせた泥棒』より
(発行・愛知県教育振興会)
脚本・野﨑佳史
『尊き水の物語』


台本によせて~2011年7月31日(日)野﨑佳史
むかし話の舞台を訪ねていろいろな町や村を歩いてみたら、水に関わるお話がとても多いことに気づきました。考えてみますと、今の日本は蛇口を捻ればいつでも冷たい水を飲むことができますが、世界中を見渡せば水が貴重品という国がたくさんあります。干ばつで子どもの尊い命が奪われたり、水を巡って人間同士が対立しあう悲しい出来事が絶えません。ひとむかし前の日本も同じでした。日照りが続けば農作物が枯れ果て食べる物がなくて飢え死にしたり、反対に大雨が降れば丹精込めて作ったお米や野菜、家まで流されてしまうなど恵みの雨の一方で人々はどれだけ水に苦しんできたことでしょう?今のように頑丈な堤防もなければ水を蓄える技術がなかった時代、先人たちはひたすら天に向かって祈るしか方法がありませんでした。そんな農民たちの叫びが物語となって現代に語り継がれてきたとしたら、我々はどう受け止め次世代に語り継いでいけばいいでしょう?日本は近年まで農業を中心に生活していましたが、いつの間にか工業大国になってしまいました。僕たちはむかし話を通じてもう一度生活を見つめ直し、新しい時代を逞しく生きる人間になりたいと思います。

むかし話は時代と共に簡略化されてきましたが、先人たちの願いをしっかりと受け止め、お芝居という形で次の世代に語り継いでいきたいと思います。願わくは、お芝居を見た後、物語の舞台を訪ねて頂けたら、こんなに嬉しいことはありません。今から150年前、まだ人々が頭の上にちょんまげを付けていた頃の物語『雨をふらせた泥棒』のはじまりです。

(登場人物)

安次  ・泥棒
喜助  ・赤津村の長老
津留  ・喜助の孫
多岐  ・津留の母
茂吉  ・年増の百姓
半蔵  ・若い百姓
辰治  ・その仲間
桂徳杉 ・噺家

 

(場)

まくら「赤津村」
第一場「お宮の泥棒」
第二場「納屋の老人」
第三場「雨をふらせた泥棒」
さ げ「雨乞いの巻軸」


まくら『赤津村』

        つぶれそう寄席
        お題「雨をふらせた泥棒」
        お囃子が流れて―
        桂 徳杉が登場

徳杉   

「え~、いっぱいのお運びでありがとうございます。南山大学落語研究会の賑やかな寄席に続きまして今度は日本のむかし話を一席ご覧頂きたいと思います。
今年も暑い夏が続きましたが、こう暑い日が続きますと、この辺りで雨でも降ってくれないかなと思うことがありますね。ひとむかし前は夕方に雨が降りますと気温がグンと下がり、自然の風がとても心地よく感じたものですが、最近はどうも湿気がありまして雨が降ると余計に蒸し暑くなってしまいます。まあ、しかし雨が降らないと作物も育ちませんし、日々の生活で何かと不便になりますので都合のよいときに雨を降らせることができたらどんなにいいだろうと思ったりします。雨がたくさん降れば田んぼや畑に水が行き渡り多くの作物を育てますが、あまり降りすぎると今度は大事な作物が流されてしまいます。いい具合に雨が降ればいい―なんて勝手なことを誰でも思うようで。
赤津焼で有名な愛知県瀬戸市は赤津村―今は有名な陶芸家も住んでいる集落ですが、むかしは小さな畑で野菜を作ったり、お米を作る百姓たちがたくさん住んでいました。この赤津村集落のあるお寺や神社に幕末の最中、盗人が入って仏像やら袈裟など金目のものがゴッソリと盗まれる事件が起きました。その中に赤津村に先祖から代々受け継がれてきた巻軸も盗まれてしまいます。京都から買い入れたという巻軸は百姓たちが農作業を行うために欠かせないものだったといいますが、その巻軸とは一体、どんなものだったのでしょう?今日は愛知県瀬戸市の物語で今から百五十年前、江戸時代末期の物語をご覧頂きたいと思います。それでは、つぶれそう一座『雨をふらせた泥棒』の―
はじまり、はじまり~」

 

        拍子木が鳴り
        遠くからええじゃないかの歌声
音楽が流れて―
        幕
        月夜の赤津村
水車小屋の見える農家
        小さな納屋に母屋
        幼子が祖父を呼ぶ声がする

津留   「おじいちゃ~ん。おじいちゃ~ん」   

        辺りは闇夜
        月の灯りが眩しい
        母親の多岐が家から出てくる

多岐   「津留、津留。どうしたの?こんな夜遅くに―」
津留   「お母さん。あのね、おじいちゃんがいないの
      私の横で寝てたんだけど」
多岐   「え~、また?もう、しょうがないわね」

        辺りを探す

多岐   「お父さん~」
津留   「おじいちゃ~ん」

        聴こえてくるのは鈴虫の声

多岐   「もう、どこに行っちゃったのかしら?」
津留   「おじいちゃんー」
多岐   「大丈夫、いつも朝にはちゃんと帰ってくるで
しょ?」
津留   「でも―
      この前まで病気で寝てたから―」
多岐   「そうね。でももう治ったから心配しないで。
      おじいちゃんはね、むかしから夜にお散歩するのが好きなのよ、そのうち帰ってくるわ」
津留   「―うん」

        月を眺めて

多岐   「津留、見てごらん。今日はまん丸のお月様よ」
津留   「―きれい」

        暫く月を眺める

多岐   「さ、風邪ひくわよ。もう寝ましょ」
津留   「一度起きちゃったから寝れないかも」
多岐   「じゃあお蒲団で赤津村に伝わるお話でもし
よか」
津留   「うん―」

        手をつなぐ

多岐   「むか~し、赤津の村にそれはそれは働き者の青年が住んでいました。青年は隣村に住んでいるお百姓さんの娘がとても好きでしたが気持ちを伝えることができませんでした。青年は太陽が西の空へ沈む頃から願いごとを唱えて月が昇るまで待っていれば願いごとが叶うという赤津村のいい伝えを信じてお寺の庭に立ち、月が昇るまで願いごとを唱えました。お米の収穫の秋、隣村からもたくさんの人たちが手伝いに来て、その中に青年の好きな、お百姓さんの娘もいました。青年は思い切って自分の気持ちを娘に伝え、二人は無事に結ばれました」

 

 家に入っていく親子

多岐   「それから願いごとを叶えて欲しいという村人
たちがお寺に来て月が昇るまで祈るようになったのだと―」

        月の灯りが眩しい
        


第一場『お宮の泥棒』

        

              お寺に続く山道(花道)
        夜―
        月の灯りに照らされて安次が出てくる
        頭巾に黒い眼帯をし、大きな風呂敷を抱えている
        暫く歩き立ち止まると―

安次   「へへへ―うまくいったぜ。しかし今日はついているな」

        月の灯りが木立から射し込み、幻想的な風景が拡がっている
        静かに鈴虫の声が聞こえる
        座り込み風呂敷を広げて

安次   「この仏像は高そうだな。いくらで売れるか楽しみだ」

        数珠を出す

安次   「ほう、水晶か。こいつもまた高そうな品物だ」

        しまう
        辺りを見渡して

安次   「それにしても、あの雲興寺というお寺はずい
ぶん金持ちとみえるな。百姓ばかりの貧乏な村かと覚悟していたが、どうやら金持ちの壇家がいるに違いねえ」

        立ち上がる

安次   「さてと、これからどうするかな。今日はつい
てるから、もうひと仕事していくか」

        辺りを見回して

安次   「それにここらのお寺や神社は金持ちときてやがる
      人の家に忍び込むより、そっちの方が分がよさそうだ」

        歩き出す
        ―
        風が吹き出し身震いする


安次   「おう、秋だというのに、この辺りは風が冷てえな」

        鈴虫の声
        歩き出す
辺りを見て

安次   「ほう、もうすぐ稲刈りか。ばかにでかい田ん
ぼばかりだな。―ん?」

        見えてきたのは古いお宮

安次   「お宮さんか。よし、あそこで仕事していくとするかな」

        大目神社
        小さな祠がある古風なお宮      
        安次、近づいていく

安次   「大目神社、か」

        辺りを見回し、鍵穴に細い棒を入れる
        しばらく穴の中で棒を回すが―

安次   「ん?何だ開いているのか。けっ、物騒だな」

        扉を開ける
        ギシギシと木の音が擦れる音
        音楽

安次   「お邪魔しますぜ」

        ゆっくり足を踏み入れる
        後ろを見ながら進み、前を振り返ると

安次   「わっ、何だこりゃ」

        大きな蜘蛛の巣に引っ掛かる

安次   「く、蜘蛛の巣か!こりゃたまらん」
        手で蜘蛛の巣を取る

安次   「ずいぶん古いお宮さんとみえるな
      ―
      さて、金目のものはと―」

        辺りを探す
        棚を見るが何もない

安次   「けっ、何もねえのかよ
      貧乏くせえ所だな、ここは」

        辺りを探す
        神棚を見つけ開けると―
        コウモリの大群が一斉に飛ぶ

安次   「わ、わ、やめろ!わ、わ―」

        安次は慌てて尻餅をつく
        コウモリの大群は外へ飛んでいく

安次   「ひぇ、驚いたな。ここはコウモリさんの寝床かよ。何年も人が入ってねえのか」

        立ち上がる
        身体の埃を払いながら―

安次   「とんでもねえ所に入っちまったな、こりゃ」

        辺りを見回し探し回る
安次   「何かねえのかよ。お宮さんだったら鏡とか勾
玉とかあってもよさそうなもんだがな」

        棚にあたり棚ごと倒れてくる

安次   「あ、あ、わあ―」

        埃が舞う

安次   「ゴホッ、ゴボッ。何だよ、ここはからくり屋敷か。」

        立ち上がる

安次   「せっかく今日はついてたのに最後にとんでも
ねえ所に入っちまったぜ。しょうがねえ、諦めるとするか」

        外へ出ようとすると何かに躓く

安次   「痛っ!ん?何だこりゃ」

        拾う

安次   「こりゃまたずいぶん古い巻軸だな。けっ、こ
んなもんしかねえのかよ。ま、いいや。こんなもんでも幾らかにはなるだろうよ」

        音楽
巻軸を拾って外へ出る
        鈴虫の声
        村へ続く山道(花道)
        歩き出す安次
        お宮が段々遠くなっていく

安次   「いやあ、まいったまいった。今までいろんな
所へ盗みに入ったが、あんな貧乏くせえお宮は初めてだ。とてもお宮とはいえねえな、あれじゃ」

        懐から巻軸を出す

安次   「けっ、これだけか。幾らかになると思って持ってきたが、こんなにボロボロじゃ銭になりそうもねえや」

        懐にしまう

安次   「さてと。これからどうするかな?京都に向かうか。いや、あっちは危ねえな、黒船が来て以来、尊王やら攘夷やらで血なまぐさくていけねえ。死んでしまったら元も子もねえや」

        鐘の音

安次   「お、いけねえ、夜が明けだした。お寺の坊主が気づかねえうちにズラからねえとな」

        歩き出す安次
        月が消え、鶏の声が聞こえてくる
安次   「急がねえとな―」

        鐘の音
        後ろから百姓がやってくる

安次   「お、いけねえ―」

        近くの木の影に隠れる
        年増の百姓の茂吉がやってくる
        峠の下から茂吉を呼ぶ声

百姓の声 「お~い、茂吉さん」
茂吉   「やあ、おはようさん」
百姓の声 「どうだ、稲刈りは済んだかね?」
茂吉   「ああ、昨日無事に済んだよ」
百姓の声 「そりゃよかった。あんたん所の田んぼは大き
いで大変だな」
茂吉   「ああ。そんでも爺っ様が遺してくれた土地や
で、大事にせんとな。昨日は品野村の親戚が多勢手伝いに来てくれたから仕事もはかどったよ」
百姓の声 「それはよかった」
茂吉   「今年も豊作、よかったよかった」

        茂吉、去る
        木の影から出てくる安次

安次   「あぶねえ、あぶねえ。しかしこんな朝早くからご苦労なこった。とっととズラかるとするか
      江戸はどっちだ?」
        歩き出す

 

第二場『納屋の老人』

        水車小屋の見える農家
        ―
        安次が歩いてくる
        お寺の鐘

安次   「ん?」

        後ろから若い百姓の半蔵と辰治がやってくる

安次   「お、いけねえ―」

        納屋の影に隠れる

半蔵   「おはよう」
辰治   「おう、半蔵おはよう。今日もいい天気になっ
てよかったな」
半蔵   「ああ。なあ辰治、かあちゃんの具合はどうだ?」
辰治   「歳なのに無理して稲刈りなんかやるから腰悪くしてしまったが、十日ばかり休んだらよくなったよ」
半蔵   「お前のかあちゃんは働き者だからな」
辰治   「でも少しは身体のことも考えてくれんとな」
半蔵   「(笑いながら)そりゃ無理だ。お前のかあちゃんは米作りが生きがいだでな」      
辰治   「それもそうだ。いつまでも元気でいてほしい
んだけどな。あ、そうだ。お前に礼を言わなくてはいかんな」
半蔵   「何を?」
辰治   「昨日、田んぼに出たらきれいに草刈ってあった。母ちゃんが具合悪いんで半蔵、お前が草刈ってくれたんだろ?」
半蔵   「いいや、俺じゃねえ」
辰治   「そうか、お前じゃなかったのか。それじゃ誰だろう」

        百姓たち去る
        安次、顔を出す

安次   「あぶねえ、あぶねえ。しかしこの村の百姓はみんな働き者とみえるな」

        影から出てくる

安次   「途中でまた百姓に出くわすとも限らなねえ。少しの間、ここで身を潜めるとするか」

        音楽
        納屋の戸を開け中に入る
        辺りを見渡す安次

安次   「ここは納屋か」

        鍬を手にとる

安次   「鍬を握るのは何十年ぶりかな」
        鍬をふるう

安次   「俺もむかしはこいつで土を耕し働いたもん
だぜ。こりゃずいぶん手入れのいい鍬だな」

        鍬を置き

安次   「さて、と」

        座り込み風呂敷を開ける

安次   「坊主の袈裟か。こんなのは高く売れそうだ。
      この仏像も高そうだな。仏さん勘弁しておくんなさいよ。俺も食っていけなきゃならねえからな。おいおい、そんな目で見るなよ」

        慌ててしまう

安次   「何か眠たくなってきてな。あ~あ」

        大きな欠伸をする
        すると奥でこだまするように大きな欠伸

安次   「だ、誰だ?」

        立ち上がる
        奥からゆっくり老人が出てくる

喜助   「いやあ、よく寝たわい」

        身構える安次

喜助   「誰だとはおかしなことを言うな。わしはここ
赤津村の農民じゃよ。お主こそ誰なんじゃ。ここで何をしておる、ここも村のもんじゃないようじゃが」
安次   「お、俺か。俺は――ぎょ、行商だよ。ちょっ
とここで休ませてもらってるんだ」
喜助   「ほう、行商の方か。どんなもん売られてるの
かな」
安次   「どんなもんって。それは―」
喜助   「ちょっと見せてもらえるかな?」
安次   「いや大したもんじゃねえよ。荒物の類だ」
喜助   「そうですか。ほう。荒物にしちゃ珍しいもの
売ってなさるな」

        木魚が出ている

安次   「あ、それは―」
喜助   「どれどれ―」
安次   「―」
喜助   「木魚は荒物じゃなかろう」
安次   「いや、それはだな―」
喜助   「ほう、こりゃ何と高価な仏像じゃ。はて、こ
れと似たような仏像が赤津村にもありましたが。これを手放すとは、いやあ実に勿体無い」
安次   「おいおい、爺さん勝手に触るんじゃねえよ」
喜助   「これは坊主の袈裟だな。ほう数珠もある。水
晶か!これは高価な物じゃ。これを幾らで売りなさるのかな?」
安次   「そいつは―十両だ」
喜助   「それはいかんいかん、そんなに安いお金で売
ったら仏さんに罰が当たるぞ。いくらでお買いになったかは知らんが目の効いた所へ持っていけばもっと高価な値で売れるはずじゃ」
安次   「爺さん、否に詳しいと見えるが、あんたお寺
のものか?」
喜助   「はっはっは―そうじゃないが、あんまり安い
値で売られるのを黙って見とれんだけじゃよ」
安次   「なあ爺さん。どういう所に持っていけば高く
買ってくれる?」
喜助   「そりゃ京都じゃろ。あそこに都があった頃、
唐や高麗などの骨董品が集まっておったからのう、目利きの商人たちがたくさんおるわ」
安次   「やっぱり京都か―」
喜助   「でも今はよしたほうがええな。お主も知って
のとおり、京都は荒れておるからのういつ巻沿いを食うとも限らん。まあ、ちいと安くなるが、それだけあれば暫くは遊んで暮らせるぞ」
安次   「まあ、仕方ねえか」
喜助   「ところで、その巻軸は何じゃ?」
安次   「巻軸?」
喜助   「ほれ、お主の懐にある―」
安次   「ああ、これか」

       懐から出す

安次   「こいつは仏像を買ったときにタダでくれたん
だよ」
喜助   「ちょっと見せてくれんかな」
安次   「こいつを?別に大したもんじゃねえがな」

       老人に渡す

喜助   「これはまた、ずいぶん古い巻軸と見えるな
      どれ?」

       開ける

喜助   「ほう、こりゃ何じゃ。龍の絵かな」

        安次も覗き込む

安次   「何か書いてあるな。爺さん、何て読むんだい?」
喜助   「さあな―」
安次   「まあ龍の絵が書いてある軸なんざいくらでもありゃ珍しくも何ともねえやよ」
喜助   「そうか、それじゃこいつをわしにくれんかの
う」

        巻軸を奪い取って

安次   「そいつはいかん。こんな巻軸でも幾らにでも
銭になるら」
喜助   「タダとは言わんよ」
安次   「―ん?」

        雨がポツリポツリと降ってくる

安次   「お、雨か」

        外を見ると急激に雨が降り出す

安次   「あ~あ、土砂降りだ」

        半蔵と辰治が山から走って降りてくる

半蔵   「おいおい、いったいどうしちまったんだ、あ
んなに天気がよかったのに―」
辰治   「すごい雨だ。あ~、濡れる濡れる」

        去る


安次   「しめた、今のうちだ。爺さん、あばよ」

        外に出ると村へ続く道(花道)へ走る
        強い雨
        木の影に隠れる

安次   「あ~助かった、恵みの雨だ。しかし変わった
爺さんだったな。こんな巻軸が欲しいとはな。こう雨が強く振られたんじゃ身動きがとれねえや」

        木の影に身を潜め、巻軸を懐に入れる
        茂吉が走っていく

安次   「おうおう、じいさん。気をつけなよ」

        すると、雨があがっていく

安次   「お、雨が止んだか」

        安次、木の影から出る


第三場『雨をふらせた泥棒』

辺りを見回すと若い百姓たちが蓑を着てやってくる

安次   「あ、いけねえ―」

        慌てて戻り納屋に隠れる
        茂吉が戻ってくる
        若い百姓たちが続く

辰治   「通り雨かだったかな」
半蔵   「ああ。しかしよく降ったな」
辰治   「今日中に稲刈りを終わらないと収穫祭に間に
合わん、急いでやるぞ」
半蔵   「おお―」

        百姓が行くのを見て

安次   「ふう―、あぶねえ、あぶねえ」
喜助   「何があぶないんじゃ?」

        外から喜助が入ってくる

安次   「何でもねえよ」
喜助   「これ、あんたのもんじゃないのか」

       手に仏像を持っている

安次   「あ」
喜助   「慌てて出ていくから落としたんじゃろ」

安次、仏像を奪い取る

安次   「この野郎、泥棒みたいなことすんじゃねえ」
喜助   「はっはっは。わしは拾っただけじゃよ」

        安次、仏像を奪う

喜助   「ところでいつから行商をしておるのじゃ」
安次   「さあな、もう忘れたよ」
喜助   「お主は百姓じゃろ」
安次   「お、何で分かる」
喜助   「はっはっは。お主の手を見れば分かるさ、商
人はそんなゴツい手をしておらん」
安次   「けっ、爺さんには敵わねえな。ちょいと人に
騙されて借金つくってよ、故郷におれんようになってこの仕事を始めたって訳だ」
喜助   「しかし行商も大変じゃろ」
安次   「百姓よりましだ。米つくっても自分で食べれねえんじゃ馬鹿馬鹿しくてやってられねえや」
喜助   「じゃが、もうすぐ時代が変わるかもしれんぞ」
安次   「さあな、俺には関係ねえこった」

        寝そべる
        喜助、仏像を見て

喜助   「いやあ、それにしても雲興寺の仏像によく似
ておるな」
安次   「―」
喜助   「その仏像はな、前にも盗まれたことがあるんじゃよ。お寺ちゅう所は夜でも門が開いてるからのう、誰でも入ることができるんじゃな。金目当てに入った泥棒は仏像を拝借すると、お寺の参道を一目散に走って逃げたんだそうじゃ」

        音楽

喜助   「ところが走り疲れた泥棒はお寺の入り口にある石に腰をかけて暫く休んでから立ち上がったが、どういう訳か、お尻が石から離れんようになってしまったんだそうじゃ。不思議なことがあるもんじゃとお寺の和尚に聞いたらな、雲興寺には龍の神様が祀られていて、災いを追い払ってくれてるんだそうじゃ」
安次   「りゅ、龍の神様?ば、馬鹿なこと言うな」
喜助   「わしも同じことを和尚に言ったんじゃ。そし
たらな、お寺に入った泥棒は何故か池に落ちたりて、川で溺れたり、災いが降りかかるっちゅう話じゃ。龍の神様がお寺の物を盗む不届き者に罰を与えておるんじゃな。ま、お主には関係のないことじゃがのう―」
安次   「―」

        安次、立ち上がろうとするが腰が上がらない

喜助   「どうしたんじゃ?顔色が悪いようじゃが―」
安次   「な、なんでもねえよ」
喜助   「なあ―もう一度、巻軸を見せてくれんかな」
安次   「何だい爺さん、よっぽどこの巻軸が気に入ったのか?」
喜助   「何が書いてあるか気になってな」
安次   「けっ、しょうがねえなあ」

        懐から巻軸を出し渡す
        巻軸を開くと

喜助   「―ん?やはりお主が言ったとおり龍の絵かもしれんな。じゃが文字で龍の絵を書いたところをみると、意外と高い値がつくかもしれんぞ」

        雨がポツリと降り出す

喜助   「おや、また雨が降り出したかな?」

        巻軸を広げると、雨が強くなる

喜助   「ほう、こりゃ土砂降りだ」

        巻軸を巻く
        すると雨が止む

喜助   「お、もう止んだかな」

        巻軸を広げる
        するとまた雨

安次   「おいおい、いったいどうなってんだこりゃ」
巻軸を目一杯広げると―
        風が吹き、バケツをひっくり返したような雨が降ってくる

安次   「うわっこりゃひでえや」

        風が強くなり納屋がガタガタと揺れだす

安次   「わっ、わっ。何だ」

        激しく揺れる納屋

安次   「お、こりゃ大変だ」

        雨が納屋まで入ってくる

安次   「わっ、こ、こりゃたまらん」

        外へ出る


さ げ『雨乞いの巻軸』

        納屋から飛び出してくる安次
        外は大雨
        逃げようとすると半蔵と辰治に囲まれる
四方八歩に逃げるが巻軸を落とし、遂にその場にうずくまる

半蔵   「やっぱり軸泥棒じゃ」
辰治   「大人しくしろ」

長老がゆっくり出てくる

喜助   「やあ、ご苦労さん」
半蔵   「これは、長老様」
安次   「長老?」
喜助   「この巻軸はな。日照りのときに少しずつ開い
て雨を降らせるものじゃ」
安次   「雨を降らせる軸?」
喜助   「雨は日照りのときに降れば恵みとなるが、長
く降れば畑の作物をみんな流してしまう。そいつはな、わしの先祖が京都の町で買い入れたものなんじゃ。それまでは日照りが続くと天に向かって雨を降らせてくれとお願いするしかなかった。じゃがその軸が赤津の村に来てからは百姓たちが困らんようになったんよ。村で重宝してるもんを盗むとはけしからん奴じゃ」

      雨が強くなる
喜助   「ほら、見てみい。あんまり急に巻軸を開くか
ら、龍神様が怒ってみえる。早く軸をしまわんかい!」

      慌てて軸を巻く
すると、ぴたっと雨が止み、青空が出てくる

安次   「嘘みてえだ」
辰治   「長老様、これはいったいどういうことで?」
喜助   「まだ陽が昇る前に田んぼに出かけてな、辺りの草を刈っておったんよ」
辰治   「じゃあ、おらの畑の草刈ってくれたのは長
老様?」
喜助   「わしはもう歳やでな、若い衆のように野良仕事もできん。それで時々畑へ出ては草刈っておるだけじゃ。納屋に戻ったらついウトウトしてな、起きてみたらこの男がわしの納屋におったんよ。どうやって若い衆に巻軸が盗まれたことを知らせようか困ってんじゃがのう。軸を閉じたりは開いたりして雨をふらせることを思いついたんじゃ。いやあ、うまくいってよかった
はっはっは」

        安次を見て

喜助   「お主たちも百姓なら分かるじゃろ。お天道様
と雨は、わしら貧しい村にとっては神様じゃよ。
もうすぐ徳川の世も終わり新しい時代がやってくる。これを機に真面目に働いて人に役にたつような男になれ」

      ため息

安次   「へえ」

      津留と多岐がやってくる

津留   「おじいちゃん」
喜助   「津留」
津留   「いったいどこに行っていたの?」
喜助   「すまんすまん」
津留   「お母さんにいつも心配ばかりかけてダメじゃ
ないの!」
喜助   「その通りじゃな」
辰治   「長老も可愛い孫には勝てんとみえるのう」

      笑う

多岐   「朝ごはんの支度ができてますわ」
喜助   「ああ―」

      音楽

喜助   「そうじゃ。お主に話した龍の神様の話、やはり本当じゃったな盗難から我々を守ってくれたんじゃな」

      笑う
      桂徳杉が登場
桂徳杉  「こうして村で重宝されている巻軸は長老のお
陰で無事に守られ現在まで瀬戸市巡間町の大目神社に奉納されています。日照りが続くと大切に育てた稲や野菜が干上がってしまい、村人たちは神様や仏様にすがって雨乞いをしていました。雨を自由に降らせることができたらどんなにいいだろう、そんな農民たちの願いが物語となったのが今回のお話です。舞台に登場した雲興寺というお寺には龍眼池といい雨乞いの龍が祀られています。本堂の横には龍吟鐘という鐘がありお清めの水は龍の口、
こういう所にも水の有り難味を忘れないと言う農民たちの心遣いがみえます。一九九五年の真夏、水不足となりの神社の総代たちの手によって雨乞いの軸が開かれたといいます。さて、その効き目は如何ほどだったでしょう?愛知のむかし話には水に関わるお話がたくさんありますが、時間となりましたのでまたの機会にご紹介したいと思います。どうもありがとうございました」


  巻軸を百姓に返す安次
お辞儀をして村へ続く道(花道)に去ると、振り返りもう一度お辞儀をして歩き出す
遠くからええじゃないかの歌声
拍子木が鳴って―
        静かに幕

   (終わり)

 

 

 

 

 

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