
化石山
~王さんと周助の物語~
(序章・終章と一幕八場)
原作・岸 武雄
(階成社「化石山」より)
脚本・野﨑佳史
化石山
~王さんと周助の物語~
(序章・終章と一幕八場)
原作・岸 武雄 (階成社「化石山」より)
脚本・野﨑佳史
「良心の良心による良心のための文化!」
台本によせて
二00六年六月二十八日(水)野崎佳史
「愛国心」とか「共謀罪」など、まるで戦時中の日本のような言葉があたり前のように飛び交う大変恐ろしい時代になってしまいました。
日本人の圧倒的多数は戦争のない平和な世の中であって欲しいと願っているにも関わらず、日本の政治はどんどん右旋回していますから、政治への関心が離れていくのも分からないでもありません。しかし九条の会に見られるような戦争反対への明確な意思表示と運動の拡がりが国会の改憲法案をストップさせていますから、国民の力は本当にすごいナ~と思います。
これからみなさんに見て頂くお話は今から六十数年前、第二次世界大戦末期の中国・朝鮮人強制連行を題材にした物語です。多くの方が異国の地「日本」で命を落とし、どんなに無念だったでしょう。
演劇は人間の良心を呼び起こす素晴らしい文化です。登場人物に共鳴し、自分にもこんなに優しい心があるんだナ~と気づかせてくれます。
異国の人々に心を通わせた主人公の少年二人の体験は国際社会を迎えた現在と通じるところがあるようです。
強制連行という題材から、戦争の罪の深さ、人間の良心について、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。
(登場人物)
周助老人・・語り部
土屋周助・・国民学校六年生
加藤京平・・周助の友人
源じい ・・常会長
松五郎 ・・現場監督
きよ ・・周助の母
沖田ばば・・村の長老
王喜隆 ・・河北省出身
李清仁 ・・八路軍の将校
李貴州 ・・中国人労働者
戸狩の村人たち
中国人労働者たち
憲兵たち
(場)
序章 「化石山」
第一場 「ふしぎな行列」
第二場 「草ぶえ」
第三場 「常会の夜」
第四場 「月夜の脱走者」
第五場 「洞くつの人影」
第六場 「松花江上(スンファジャンシャン)」
第七場 「月のおさがり」
第八場 「再会(ツァイツェン)」
終章 「夢」
序章「化石山」
ー突風―
カチ―ン、カチ―ン
つるはしの音
中国人労働者の群像がシルエットで浮かび上がり一人、また一人とつるはしを振り上げ
ストップモーション
周助老人が浮かぶ
周助老人
「どうぞ―戸狩高校の学生さんだね土屋周助です、まあ座って下さいそうですか、文化祭で化石山を取り上げることに―わしの話なんかでよかったかいのう」
木箱から化石をひとつ取り出す
周助老人
「わしが子どもの頃に化石山で採った化石ですこれはホタテ貝の化石―ホタテの形が残っとる珍しい化石じゃよ」
もうひとつ化石を取り出す
周助老人
「マキ貝の化石―ほら、ぐるぐると渦を巻いてるのがわかるでしょ?―ええ、子どもの頃はよう採れたもんです。珍しい化石を持っとると人気者になれるちゅうてな、夢中で掘ったんです」
化石を大事そうに木箱に戻す
周助老人
「学校で習ったかもしれんが、この辺りは大むかし、海の底だったそうですね。海底の隆起―つまり、海の底が上がって今のようの地形になったんだそうです」
深海の音
周助老人
「大むかし、海に住んどった生き物が化石になり、何万年もたって山からゴロゴロと出るようになったそれで化石山と呼ばとるんですよ、わしらはヘソ山と呼んでいましたがのう、デスモスチルスというサイに似た恐竜の化石が近くの山から出てきたそうですから、もしかすると、この戸狩の浅い海辺の岸をのったのったと歩いていたのかもしれませんね」
夢から覚めたように
周助老人
「ああ、化石山の地下壕のことじゃったなあ―すまん、すまん」
一息いれて―
周助老人
「化石山に掘られた穴は全部で八キロあります。後で案内しますが、戦争中に戦闘機を造るために掘られたもので、お隣の中国や朝鮮から働けそうな男を無理やり捕まえて日本に連れてきて、憲兵の監視の元に労働させられとったわけです。そういう工事を全国各地で行ってきたわけですが、この岐阜県瑞浪市の戸狩では他では聞かない、珍しい話がたくさんあります」
化石をひとつ取り出す
周助老人
「これ、何という化石か分かりますかな?―そう、マキ貝です。でも、さっきのマキ貝は黒ずんでいますが、これは白く輝いていますね?―月のおさがりといいます」
化石を目の辺りまで持っていき
周助老人
「ほら、こうすると化石を通して向こうの景色を見ることができます ―いえ、わしが掘ったもんじゃありません、ある中国の青年から頂きました―そうです、この戸狩で働いていた十八歳の青年です。今でもその青年のことはよう覚えていますよ。切れ長の細い眼、痩せているががっちりとした体澄んだ声」
突風―
周助老人
「その青年と初めて会ったのは昭和二十年の四月、まだ冬の寒さが残っていました」
立ち上がり
周助老人
「地下壕に案内する前に、その頃の話を少ししましょう」
暗転
中国人労働者の行列が浮かぶ
とぼとぼと―
割れんばかりの軍艦マ―チが挿入し ―
第一場「ふしぎな行列」
山の峠
朝
周助少年が空を見上げている
遠くに戦闘機のエンジン音
京平
「周助―」
京平の声
京平
「おい周助、おいてくなんてひどい奴だな」
周助
「すまんすまん、すっかり忘れとったわい」
京平
「な~にが忘れとっただ、おんし掃除当番にきたんわ一回だけやないか」
周助
「そうぎゃあぎゃあ言うな、明日は行くよって。それより京平見てみい、日本軍の戦闘機やぞ」
戦闘機が近くなる
京平
「お~行く行く、紫電改や三機おるぞ」
周助
「南へ行くんか」
京平
「沖縄や、上陸したアメリカを叩きに行くんや」
京平、直立し
京平
「大本営発表―我が神風特攻隊は沖縄方面に於いて敵の艦隊に壊
滅的な攻撃を与えました」
敬礼
周助
「はよう大きくなって戦闘機に乗りたいのう」
辺りが暗くなり
遠雷
中国人労働者の長い行列
京平
「おい、あれはなんだ?」
周助
「軍隊の行列かな」
京平
「軍隊にしちゃ、へんな服を着とるな」
周助
「うん、それにとんと元気がない、まるで敗残兵みたいだ」
京平
「あ、こっちへ来る」
周助
「かくれよう」
峠の地蔵の後ろに隠れる
近くで落雷の音
憲兵に挟まれ、峠に着く中国人労働者たち
地蔵の前までくると憲兵が笛を鳴らし―
憲兵
「小休止!」
その場に倒れこむ中国人労働者たち
少年二人、地蔵から顔を出し
周助
「この仁たち、日本人じゃないな」
京平
「うん―でも朝鮮の仁とも違うようだけど」
中国人労働者の一人が立ち上がる
周助
「どこにいくんやろ」
京平
「しっ、誰か来る」
地蔵に姿を隠す
中国人労働者、地蔵のお供え物に手をかけ、辺りを気にしながら食べようとすると―
周助
「もし―もし―」
中国人労働者、一瞬ドキっとするが、少年二人を見て安堵
労働者
「ワタシデスカ?」
周助
「あのう、あなたはどこの国の人ですか?」
労働者
「ワタシハ中国人デス」
周助
「中国人?」
労働者
「ワタシノ名前ハ、ワン・シ―・ルン十八歳デス、ヨロシク」
京平
「王さん?」
周助
「王さんはどくへ行くのですか?」
王さん
「サア、ドコヘ連レテ行カレルノカ分カリマセン、私
タチハ捕虜デスカラ」
周助
「ほりょ?」
王さん、供え物を食べようとする
京平
「王さん、お腹すいてるの?」
王さん
「朝カラ何モ食ベテイマセン、歩キ続ケテ皆ンナ、倒レソウデス」
周助
「京平、何かないか探せ」
京平
「ああ」
かばんの中を探すが
京平
「何もない」
憲兵の声
憲兵
「こら坊主、あっちへ行け」
地蔵に隠れる少年
憲兵、王さんを捕まえて
憲兵
「貴様!村のもんとあれほど口をきくなと言ったのに何で命令をやぶったんだ!クソ!」
木刀で王さんを殴る
後ろにのけぞる王さん
憲兵
「おいチャンコロども、お前らも命令をやぶったらこうだ!分かったな!よし、出発だ、立て」
中国人労働者、立てない
憲兵
「立たんか!」
木刀で脅す
ゆっくり立ち上がる中国人労働者
とぼとぼと歩き出す
憲兵
「さっさと歩け」
峠から消えていく
地蔵から少年出てくる
周助
「くっそ~、あの憲兵いばりくさって」
京平
「ふんとや、ちょっと話したぐらいで何が悪いんや」
周助
「でも、あの王さんとかいう仁、ええ人やったな」
京平
「うん」
周助
「どうや京平―王さんがどこへ行くか、この目で確かめてやろう」
京平
「よっしゃ」
源じいの姿
周助
「うわあ、源じいだ」
京平
「やっかいな奴がきたなあ」
国民服姿の源じい
源じい
「坊んたい一雨きそうなときに、こんなこところで何をやっとる」
周助
「ちょっとヘソ山のほうに遊びに行くんや、なあ」
京平
「うん」
源じい
「ヘソ山じゃと?あっちには行っちゃいかん」
京平
「何でヘソ山に行っちゃいかんのや?」
源じい
「それはじゃな、まだ秘密になっとるが―」
声をひそめて
源じい
「中国人の捕虜がきたんよ、ヘソ山にな」
京平
「中国人の捕虜がくると何で行っちゃいかんのや?」
源じい
「お前ら六年生のもなってそんなことも分からんのか!奴らは敵国の人間じゃ、この戸狩から出兵した久夫も弘もみんな奴らにやられてしまったんだええか、あっちへは絶対に行っちゃいかんぞ」
周助
「だけど源じいよ敵国ちゅうんだったら、中国人から見れば同じことになるんやないかのう」
源じい 「何じゃと!わしらと奴らが同じじゃと!まったく、おんしらは学校で何を勉強しておるのじゃ!ええか、そのすじのお方はこう言われておる第一に寝れるところがあればよい 第二に食べるものは粗末でよい 第三に―ここが大事じゃぞ 親切にすればするほどつきあがるゆえに親切心の必要なしと、ぴしゃっと言われておる今は日本栄えるか滅びるかに瀬戸際じゃ、相手が中国人であることを考え、今こそ大和魂を発揮せんならん、お前らの考えは甘っちょろいぞ」
遠雷が鳴り、雨が降りだす
源じい
「ええな分かったら雨に濡れんよう早よう帰れよ」
源じい去る
周助
「京平、どうする」
京平
「ああ言われるとよけい行きとうなる、それにここで引き下がったら男がすたるわい」
周助
「よっしゃ、ほんなら明日の土曜日にヘソ山に突撃だ!このことは誰にも言うなよ、二人だけの秘密だ」
京平
「おう!」
雨足が強くなる
―
周助老人が浮かぶ
周助老人
「それから半月ほどたった五月の始めに中国人捕虜百三十九名が戸狩へとやってきましたぼろぼろの服にやせた体は前の行列と同じでした歩けない捕虜たちは馬車に乗せられ、目の見えない捕虜たちは他の 虜たちの方に手をかけ、戸狩の駅からヘソ山へと連れて行かれましたよ―その頃か。ヘソ山で何をやっとったかは軍の秘密で知らんかったですよ。ただ―わしが思っとった中国人っちゅうのは、どじ
ょう髭を生やし、でっぷりと太った、みるからに横着そうな人間でしたこうして戸狩では合わせて三百三十人九の中国人捕が働かされることになったのです」
突風―
夜
―
ヘソ山に続くあぜ道を中国人労働者が歩く
とぼとぼと―
木の柵から村人二人が中国人労働者の最後
列の若い男に声をかける
沖田ばば
「これ、食べんさい」
李貴州
「―」
きよ
「イモです。ほら、隠して持っていきんさい」
李貴州
「―」
沖田ばば
「遠慮せんと」
李貴州 「―謝謝(シェイシェイ)」
去る
第二場「草ぶえ」
ヘソ山の作業場
夕方
山肌に所々、ぼっかりと大きな穴が開いている
中国人労働者がもっこで土を外に捨て、また中に入っていく
作業場の木陰で労働を見上げるで京平
京平
「おい周助、こっちだ」
周助が腰をかがめてやってくる
周助
「うわあ、ヘソ山が穴だらけや、いったい何をするつもりなんだろ」
京平
「そりゃ分からん、その筋の方からの秘密になっとるでな―あ、中国人だ」
見回りの憲兵が出てくる
さっと身を伏せる少年二人
憲兵、しばらく見回り、去る
周助
「でも、これじゃあ近寄ることもできん、せっかく王んに茹でた芋を持ってきたのに」
芋を出す
京平
「おお、うまそうだなあ」
周助
「おんしが食べるんじゃないぞ、よだれなんか垂らしやって」
京平
「わかっとる、わかっとる」
憲兵が出てきて笛を鳴らす
憲兵
「小休止!」
中国人労働者が穴からでてきて、その場に倒れこむ
京平
「おい、あそこに座っとる仁、王さんやないか」
中国人労働者の中に王さんが目を閉じて座っている
周助
「ふんとや、王さんや」
京平
「どうする、思いきって王さんって呼んでみるか」
周助
「たわけ、そんなことしてみろ、あのカシの棒を持った憲兵がやってきて何されるかわからんぞそれに二度と王さんに会えんようになる」
京平
「じゃあ、どうする?」
周助
「いい考えがある、草ぶえを鳴らすんや」
京平
「それはいい考えだな、よ~し!」
近くの草を取って笛を鳴らす
ピイ―、ピイ―
中国人労働者がキョロキョロする中で、王さんが立ち上がる
憲兵去る
周助
「お、王さんだ」
ピイ―、ピイ―
王さん、音の方へ近づいていく
京平
「王さん」
周助
「王さん、こっちです」
王さん、不思議そうな顔をしている
周助
「王さん、僕たちですよ、ほら」
王さん
「アア、君タチデシタカ?君タチノ事ハヨク覚エテイマスヨ、山ノ峠デ会イマシタネ」
周助
「ええ」
王さん
「君タチハ小鳥ノマネ、上手デスネ」
周助
「王さん、あれは草ぶえです」
王さん
「草ブエデシタカ、私モ子ドモノ頃ニ、ヨクヤリマシタヨ」
王さん、草をとり、笛を鳴らす
ピイ―、ピイ―
労働者
「王クン隠レテ」
木陰に身を隠す
憲兵の監視
―
去る
王さん
「見ツカッタラ大変デス」
周助
「王さん、あの人は?」
ひげ顔の大男 李清仁―
王さん
「李清仁サン 私ノオ兄サンノヨウナ人デス(李さんに)コノ子タチデスヨ、ホラ、前二話シタ―」
李さん
「アア、君タチデシタカ、王クンカラ話ハ聞キマシタ。君タチノ名前ハ、何ト言ウンデスカ?」
周助
「僕は土屋周助です」
京平
「僕は加藤京平。この戸狩村の生まれです」
李さん
「周助クンニ京平クン。二人トモ賢ソウナ名前ダナア」
二人照れる
周助
「李さんは日本語がうまいですね」
王さん
「李サンハ日本デ働イテイタ箏ガアルノデスヨ。今ハ、八路(パアロ)軍ノ将校デス」
李さん
「マダ日本ト中国ガ戦争ヲシテナイ頃二―三年間、日本二イマシタ。ソノ頃二勉強シタ箏ガ役二タツナンテ、思ッテモミセンデシタ」
少年、顔を見合わせ
周助
「王さん、僕たち茹でたイモを持ってきましたよかったら食べて下さい」
京平
「ぼたもちもあります」
イモを差し出すが食べない
周助
「王さん、イモは嫌いですか?」
王さん
「イエ、トテモ好キデス。タダ―夢ノヨウナ気ガシテ」
イモを食べだす王さん
李さん
「私タチハ、一日二、タッタ三ッツノ饅頭(マントウ)シカ配給ガアリマセン。飢エヲシノグタメニ、道ノ草等ヲ取ッテハ食べテイマス
イモ等ハ、勿体ナイグライナンデス」
周助
「―」
王さん、もう一つイモを取るが食べようとしない
京平
「さあ、もっと食べて下さい。まだ、たくさんありますから」
王さん
「―私タチノ仲間ハ、ミンナ腹ぺコデ苦シンデイマス。宿舎デ病気二ナッテ寝テイル仲間モ、モトハト言エバ栄養ガ足リナイカラデス
ソレヲ思ウト、私一人食ベラレマセン」
李さん
「―」
始業の笛
音楽
周助
「これ、みんなで食べて下さい」
イモの包みを渡す
李さん
「謝謝、コノゴ恩ハ一生忘レマセン」
京平
「また少したったら、この時間にきます」
王さん
「マタ草ブエヲ鳴ラシテ下サイネ、綺麗ナ小鳥ノ声ヲ!」
壕に消える王さんと李さん
周助
「さよなら」
いつまでも手をふる少年たち
―
夜
蛙の鳴き声
一人の中国人労働者が田んぼのあぜ道を走る
まだ若い―
草をかき分け、走る―
暗転
第三場「常会の夜」
お寺の御堂―夜
村人たちが集まっている
老人ばかりの車座の中に周助が大人に交じって母、きよの横に座っている
灯火規制のため、あたりは薄暗い
常会長の源じいを真ん中に男衆、女衆が分かれていて、端には体格のいい初老の松五郎が座っている
沖田ばばも、ちょこんと座っている
源じい
「今日わしは大事なことを言わなならん、みなの衆にも関係のあることじゃで、しっかり聞いてほしい。みなの衆も知っていると思うが、今ヘソ山で秘密の工事が行われておる、くわしい事はわしの口からは言えんが、わが国の戦局に関わる重大な工事じゃところが、この現場監督の松五郎からえらい話を聞いた」
いっせいに松五郎を見る村人たち
松五郎は腕組みをし、目を閉じている
源じい
「その話というのは村の衆の中に、ひそかに中国人と心を通わせ、奴らがヘソ山から宿舎に帰るハザマ池のあたりでイモや大根を与えとるもんがおるちゅう話じゃ」
村人たち、騒然
源じい
「ええかこれはむずかしく言えば利敵行為といってのう、村全体が不名誉になるんじゃ。それにじゃ、中には物を与えるだけでなく、言葉を交わしたもんもおるっちゅう話だ」
驚きの村人たち
源じい
「こんな話はよそも村へは恥ずかしゅうて、いっさい隠さならん、中国人にイモを与えた奴は名乗り出てくれ」
村人たち、互いに顔を見あわせる
源じい
「誰じゃ!!」
源じいの怒声に一同、沈黙
沖田ばば
「おらあ、イモやったがのう」
一同、いっせいに沖田ばばを見る
松五郎
「らしいな、沖田ばばさよ。きよさ、おんしもか!」
一同、きよを見る
周助
「かあちゃん」
きよ
「―」
黙ってうつむく、きよ
源じい
「ばばさ、ど、どういうつもりじゃ!」
沖田ばば
「おらあ昨日の夕方、イモやった。山田の帰りにヘソ山から帰る中国人にであってのう、みんなボロボロの服にはだしでよう、腹すかし
て道端の草をちぎっては食っておったわいおら、あんまりむごかったでよう、籠からイモ出して、いちばん若い仁にやったがのう源よ、おらがやったことはそんなに悪いことえ?」
源じい
「黙ればばさ、あ、相手は中国人だぞ、敵国の人間じゃ!わかっとるんか」
沖田ばば
「いくらおらでも、そんなことは分かっとるだけど源よ、中国人はどこの国の仕事をやっとるんじゃ、一生懸命日本の仕事をやっとるんじゃないか、敵国の人間いうても腹ぺこじゃ仕事もうまくいかんじゃろ。おらのイモ食って元気を出し、また明日から頑張ってくれれば、結局は日本のためになるんやないか」
源じい
「な、なんじゃと!!」
松五郎
「まあまあ二人とも黙らっしゃい」
松五郎が静止する
松五郎
「わしは現場監督として奴らと接しておるがのう―わしの立場から言わせてもらえばじゃ、まあ沖田ばばさの言うことも分からんでもないが、いかんせん奴らは優しさのかけらもない中国人じゃ、ばばさの言う真心ちゅうもんは通じやせんのじゃよ」
沖田ばば
「そうかいのう」
松五郎
「まあ聞いてくれ」
大男の松五郎がゆっくり立ち上がる
松五郎
「なまけてばかりおるチャンコロを働かせるために、わしもいろいろ考えたんじゃが、結局いちばんこいつがきくんよ」
げんこつを出す
村人たちの驚くようなため息
松五郎
「言うことをきかん奴がおったらケツを蹴り上げるのもええ、ときにはカシの棒で一発、ピシャっとくらわせてやるんよ、これで大体の奴は言うことをきく。中にはわしがいくら叱っても言うことをきかん奴もおる。そこでわしはもっと効き目のあるやり方を考えたょっとでも怠けとる奴のおる組には、その日の飯を食わさんようにしたんよ、これには奴らも堪えたとみえてな、目のみえん奴も、びっこの奴も働く働く、は、は、は・・・」
村人たち、顔を伏せる
松五郎
「ええか、これはわしが勝手に始めたわけじゃない。ちゃんとそのすじの命令によってやっておるのじゃ。ばばさが勝手にイモをやってくれては、せっかくのやり方を邪魔することになるんじゃ」
松五郎、ゆっくり座る
源じい
「わかったな、ばばさよ、今は時局重大、天皇陛下のもとに一糸乱れず団結せんならん」
周助立ち上がる
周助
「そんな―そんなあほうなやり方はないじゃろ!」
一同騒然
松五郎
「あ、あほうとは何事じゃ。そのすじのお方の命令をあほうとは何事じゃ!」
源じい
「ふんとじゃ、あほうとは何事じゃ。お前みたいな奴は非国民じゃ!」
周助
「―」
きよ
「周助、お前の気持ちはよう分かっとる。とにかく座れな、座れ」
周助、泣きだす
―
半
鐘の音
源じい
「何じゃ、この音は」
村人が駆け込んでくる
村人
「大変じゃ!大変じゃ!松五郎さ、中国人が、中国人が脱走しようた!」
源じい
「な、なに!」
一同騒然
松五郎
「村の衆、おちつけ。ええか、男衆は竹やりを持って峠に集合じゃ!」
村人
「おう!」
村中に響く半鐘
―
月夜
走る脱走者と追う憲兵
第四場「月夜の脱走者」
山峠―満月
竹やりを持った村人一同
群衆の中に周助がいる
源じい
「よし、みんな集まったな、それぞれ組を分けて脱走したチャンコロを探すぞ。チャンコロを見つけたら一組だけで捕まえようとすな、逃げられんように一人が監視して、もう一人が他の組を呼びに行くんじゃ」
松五郎が峠にくる
松五郎
「源よ、いま事務所にどえらい情報が入ったぞ」
源じい
「何じゃ?」
松五郎
「秋田県の花岡鉱山で今夜と同じように脱走者がでた
らしい」
源じい
「そ、それはふんとうか?」
松五郎
「脱走といっても、あそこでは八百人もの中国人捕虜全員が宿舎から逃げ出し、獅子が森っちゅう山に立てこもって反乱したしたんじゃ」
村人
「は、はっぴゃくにん?」
騒然となる
村人
「そ、そんでどうなったんじゃ?」
松五郎
「そこでじゃ、警察や憲兵がすぐに討伐に向かったが地元でもほっとけんちゅうことで、警防団、村の青年、学徒が招集され山狩り向かった―こちらが山へ攻め込むと、向こうも死にもの狂いで石やスコップで抵抗する、どえらい戦争になったんじゃ」
音楽―
中国人捕虜の群像が浮かぶ
銃剣を持った憲兵が現る
激しく争い、一人、また一人と倒れていく
日章旗を翻して倒れ後ずさりする中国人労働者を追う憲兵
村人たちがシルエットとなって、竹やりを一斉にあげ、殺せとばかりの不気味な足踏み
憲兵、銃剣を振り上げる
命乞いする労働者
グサリと胸を刺す
ストップモ―ション
―
山峠
村人たちは恐ろしさに震えている
松五郎
「一時はふもとまで追いやられるほど苦戦したらしいが、こちらには刀や鉄砲がある、それに素晴らしい大和魂を持っているからのう
大半のチャンコロは撃ち殺し、切り殺し、刺し殺し、全部を縛り上げ、見せしめに町の広場に転がしておいたら、大半は片付いたらしい」
息を飲む村人
源じいも気分が悪くなる
松五郎
「とにかく自業自得、悪い奴はみんな始末したらしいからどうか安心してもらいたい」
静まり返る
夏虫の鳴き声がよく聞こえる
松五郎
「言うまでもないが見つけたらみんなに知らせ生け捕りにしてくれ、見せしめにうんとこらしめてやる!」
源じい
「それじゃ引き続きよろしゅう頼みます」
竹やりを身構えて、村人たちは散っていく
少年二人が顔を出す
京平
「周助、聞いたか!脱走した中国人は若い仁らしい、もしかして王さんやないか」
周助
「あの王さんが脱走するなんて考えられん」
京平
「ほんでも憲兵に叩かれとるうちに逃げ出す気になったかもしれんぞ」
周助
「もし王さんやったら村のもんに見つからんように俺の家に連れて行く」
京平
「源じいや松五郎さよりも先に見つけるんや!」
周助
「うん」
二人去る
満月―
葦の葉が生えるハザマ池
男の寂しげな歌声
♪ナ―リヨウ センリンメンコワン ハイヨウナ―マンシャンピイェン イェディダドゥガオリャン
月明かりに照らされて、中国人労働者の顔が見える
李貴州―段々と涙声になっていく―
竹やりをもった周助がやってくる
葦の葉を見て
周助
「ハザマ池か―ん??」
耳を澄ますと歌声
キョロキョロと探す
周助
「あ、中国人だ!」
中国人青年は周助に気づかず、月を眺めながら歌を続ける
♪ウォンドゥジャ ザイドンベイスンファジャンシャン ナ―リヨウ ウォンドゥドンバォハイヨナ― シュワイラオドゥデェニャン
ジュイバ― ジュイバ―ツォンナガベイツァンドゥシ―ホ―ジュイバ― ジュイバ― ツォンナガベイツァンドゥシ―ホ―♪
―周助少年の声
周助
「あくる朝、脱走した中国人は松五郎さの手によって捕まえられ拷問されたのち、息ひきとった」
中国の歌「松花江上」が静かに流れ、地下壕に中国人労働者のシルエットが浮かぶ
つるはしを振るう群像、監視する憲兵たち
過酷な労働は続く
―
第五場「洞くつの人影」
現代―
壕内に水の雫がピシャン、ピシャンと響く中、懐中電灯を照らして周助老人が入ってくる
周助老人
「ほれ、天井を見てください、これだけ化石があると化石山と言われておるのが、よう分かると思います」
奥に進む
周助老人
「しかし驚きました、あなた方の担任が、わしの息子だったとは―これも何かの縁ですかのう。息子の順三はわしとよう似て、人と話すのがうまくないよって誤解されやすいけど、まあよろしくお願いします」
岩壁を懐中電灯で照らす
周助老人
「この壁に突き刺さっとる釘、何か分かりますか?これはな、カンテラを吊るした釘です。ほら、地下壕の中はご覧のとおり真っ暗じゃろ?それで工事をするときに、穴の中にカンテラを吊るしたちゅうわけです。ヘソ山はサバ土といって他の山より土が軟らかいちゅうてな、急いで造らなければならん地下軍需工場に選ばれたわけです。ただ、実際に工事する人はたいへんじゃな」
別の岩壁を照らす
周助老人
「この丸は穴はダイナマイトの跡です、固い土をダイナマイトで爆破しさせ、つるはしで朝鮮人が掘り出し、もっこで中国人が外は運び出していました、朝鮮人と中国人が一緒になって暴動を起こさないように、宿舎は別々になっていました―朝鮮人の数ですか?まあわしの知っている限りでも千人は超えていましたかのう、この辺りの家の納屋や村の二階に多勢住んでいました、わしらは会話することはなかったですがのう」
さらに奥へ進む
周助老人
「この先がヘソ山で一番広い所で高さが七メートルあります、県内にある地下壕で造られた戦闘機の部品をここに集めて、この先の広いところで組み立てる予定だったんだそうです。そう―あれはもう何年前の頃やろうか、息子の順三が友達とこの地下壕に入って化石を採っていたときの話ですが―ちょうどこの先の広い壕内にさしかかったところ、順三はふしぎな出口を見つけたんだそうです、一人
で入ってみると、そこには見たこともない風景が広がっていた―と」
幻想的な音楽
一人の中国人労働者の影が浮かぶ
周助老人「ヒメジョオンの花畑、そこに一人の青年が立っていました、その青年は順三に近寄ってくると、こう言ったんだそうです
ーアナタハモシカシテ土屋周助サンノ息子サンデハナイデスカ?順三がうなずくとソウデスカ、私ハ、ワン・シ―ルン、十八歳デス、
ヨロシク―
そう言ったんだそうです
友達の呼ぶ声がして振り返ると、その青年の姿はもうなかったそうです
だだヒメジョオンの花が風に揺られていた―と」
元の壕内に戻る
周助老人「―王さんの?―先に進みましょう」
奥に進む
雫の音―
―
第六場「松花江上」
草ぶえの音
ヘソ山の作業場
作業休止中で中国人が外で倒れこんでいる
木陰から周助と京平が草ぶえを鳴らす
労働者の群衆から王さんが立ちあがり少年に近づいていく
周助
「王さん」
王さん
「コンニチハ、周助サンニ京平サン、ヤット来テクレマシタネ」
周助
「ふんとに久しぶりです、雨が降ってつい、怠けてしまいました」
京平
「王さん、少し痩せたんじゃないですか?」
王さん
「暑クナルト体二コタエマス」
京平
「王さん、ごめんなさい、今日はイモはありません、村にも食べるものがほとんどなく、みんな腹ぺこなんです」
周助、かばんの中からぼた餅を出す
周助
「王さん」
京平
「あ、ぼた餅だ、お前どうしたんやこれ!」
周助
「へへ・・・うちの仏様からこっそり拝借―さ、食べて下さい」
王さん、たまらず食べる
周助
「李さんはどうしてます?」
王さん
「少シ前マデ病気デ寝テイマシタガ今ハ元気二ナリマシタ」
李さんが声をかける
李さん
「やあ、二人トモ元気ソウデ」
京平
「李さん、病気で寝込んでいたんですか?」
李さん、ゆっくりうなずく
李さん
「私ハ体ガ丈夫ナ方デスガ、一日二タッタ三ツノ饅頭
デハ体ガモチマセン」
休憩していた中国人労働者が一人立ち上がり歌いだす
♪ウォンドゥジャ ザイドンベイスンファジャンシャン
ナ―リヨウ センリンメンコワン ハイヨナ―
マンシャンピェン イェディダドゥガオリャン
続いて労働者が歌いだし、大合唱となる
♪ウォンドゥジャ ザイドンベイスンファジャンシャン
ナ―リヨウ ウォンドゥドォバォハイヨナ―
シュワイラオドデェニャン
李さん、王さんも加わって
♪ジュイバ― ジュイバ―
ツォンナガベイツァンドゥシ―ホ―
ジュイバ― ジュイバ―
ツォンナガベイツァンドゥシ―ホ―
周助
「あのときの歌だ」
京平
「ん?何のことだ周助」
周助
「王さん、あの歌は?」
京平
「松花江上(スンホウジャンシャン)トイウ歌デス、松花江上ハ中国ノ東北ヲ流レル美シイ川デ、平和ナ故郷ヲ思イ懐カシム歌デス」
周助
「王さん、その歌を日本の言葉にして僕たちに聞かせてください」
王さん
「ワタシ日本語下手ダカラ―
李さんに歌ッテモライマショウ」
李さん
「サア、上手二歌エルカナ。王クン、一節ズツ、ユックリ歌ッテ」
王さんうなずき、きれいな声で歌う
♪ウォンドゥジャ ザイドンベイスンファジャンシャン
李さん、うなずいて
李さん 「私ノ故郷ハ東北地方、松花江上ノホトリ二アリマス」
♪ナ―リヨウ センリンメイコワン ハイヨナー
マンシャンピイェン イェディダドゥガオリャン
李さん
「ソコニハ森ヤ炭鉱ガアリ、山イッパイニ大豆ヤ高粱ガ茂ッテイマス」
♪ウォンドゥジャ ザイドンベイスンファジャンシャン
ナ―リヨウ ウォンドゥドンバォハイヨナ―
シュワイラオドゥデェニャン♪
李さん
「ソコニハ私ノ兄弟ガ住ミ、マタ年老イタ父ヤ母ガイマス]
♪ジュイバ― ジュイバ―
ツォンナガベイツァンドゥシ―ホ―
ジュイバ― ジュイバ―
ツォンナガベイツァンドゥシ―ホ―♪
李さん
「アア九・一八、九・一八、悲シクツライ、アノ日カラ アア九・一八、九・一八、悲シクツライ、アノ日カラ 我ガ故郷ヲ離レサマヨウ、サマヨウ アア、イツノ年、イツノ月、我ガ愛スル故郷二帰レルダロウカ 父母ヨ、父母ヨ、イツニナッタラ一家団欒ノ日ガ来ルノダロウカ―」
王さん、泣き崩れる
空を見上げながら、他の労働者も泣き崩れる
周助
「李さん、歌の中に九・一八という言葉が何度も出てきますね、あれは何のことですか?」
李さん
「九・一八トイウノハ、一九三一年九月十八日ノコトデ、日本デハ満州事変ト言ッテイマッスガ、私タチニトッテ忘レラレナイ日ナノデス。ソノ日ヲ節目二日本ハ東北地方ヲ侵略シタノデスカラ」
周助
「―でも、それは中国が南満州鉄道を爆破したから仕方なく日本軍が出て行ったのはないですか?」
李さん
「ソレハ違イマス、日本軍ガ侵略ノタメニ作ッタ話デ鉄道爆破ハ日本軍ガ計画的二ヤッタコトナンデスヨ。平和二暮ラシテイル農民タチノ土地ヲ奪イ、返シテクレト言エバ銃ヤ剣デ脅カシ、少シデモ抵抗スレバ家ヲ焼カレ、女ハ乱暴サレ、子ドモヤ老人ハ銃デ殺サレマシタ」
京平
「―」
沈黙
労働者のすすり泣きが聞こえる
周助
「李さん、僕は日本の本当の目的は満州から外国の悪い奴らを追い払い、みんなが平等に暮らせる大東亜共栄圏を作ることだと教えてもらいました。いったい、どちらが正しいんでしょうか」
京平 「周助、何を言っとるんや、日本は正義の戦いをしるんや、聖戦なんや。お前、そんな情けないこというなよ」
京平、半べそで怒る
李さん、腹を立てることなく
李さん
「今、京平クンハ正義ノタメノ戦イト言イマシタネ。中国モ日本モ正義ノ戦争ト言ッテイマスガ、中国ノ戦争ガ正シク、日本ノ戦争間違ッテイマス」
周助
「それはなぜですか?」
松花江上のが流れてくる
李さん
「周助クン、モシ君ノ家二知ラナイ人ガヤッテ来テ、君ノオ父サンヤオ母サンヲ殺シタラ、君ハドウシマスカ?タトエ、チカラガナクトモ抵抗スルデショウ。ソノ国ヘ攻メテ罪ノナイ人ヲ殺スノハ間違ッテイルト思イマセンカ?」
周助
「―」
京平
「―」
李さん
「ダケド、日本人全体ガ悪イトハ思イマセン、コノ間モ村ノ人タチガイモヲ戴キマシタ。ソレカラ君タチモ優シクシテクレマス。ヤガテ戦争ハ終ワリマス、ソシテ中国ト日本ガ手ヲ結ブ日ガ来ルデショウ。互イノ国ヲ侵サズ、平和二暮ラセルヨウニ、手ヲトリ、約束シマショウ」
労働者が全員、立ち上がる
李さん、周助が、がっちり手を握る
王さんも加わる
京平、恥ずかしそうにしているが、周助に呼ばれ、輪に入る
―
第七場「月のおさがり」
あぜ道
夜
こおろぎの声
源じいが満月を眺めている
―
沖田ばばがやってくる
行列は沖田ばばの横を通り去る
沖田ばば「今日は綺麗な満月じゃのう―」
源じい
「―」
源じいが去ろうとすると
沖田ばば
「聞いたよ、米の配給を減らさんよう松五郎に頼んでくれたらしいな」
源じい
「―」
沖田ばば
「村のもんを見殺しにするんがわしら常会の仕事かったちゅうて怒ってくれたんやな」
源じい
「―わしは常会長やでな、おんしらにきついことも言う。でも、わしもこの戸狩村の人間じゃで、おんしらの気持ちも分からんでもない。わしの一存だけではどうすることもできんこともあるが、村のもんが暮らしやすくなるように、わしなりにがんばるつもりじゃ」
沖田ばば
「―うん」
源じい、咳払いをし、去る
沖田ばば夜空を見上げ
沖田ばば
「ほんに綺麗な満月じゃ」
―
作業場が浮かぶ
もっこで土砂を運ぶ中国人労働者たち
一人が倒れる
ワン・シールン
李さん
「王クン!」
近くにいた李さんが近寄るが憲兵に静止される
カシの棒の音に立ち上がる王さんが、また倒れる
李さん、憲兵をふりきって
李さん
「王クン!王クン!」
王さん、動かなくなる
―
ハザマ池
周助が座っている
♪九・一八、九・一八♪
池に石を投げ込む
ポチャ―ン
王さんの声
王さん
「周助サ―ン、周助サ―ン」
王さんが浮かぶ
周助びっくりして立ち上がる
周助
「わ、王さん」
王さん
「アンマリ美シイ月夜ナノデ散歩二出テ来マシタ」
周助
「ふ、ふんとに王さん?」
王さん
「一緒二歩キマセンカ?」
周助
「はぁ」
月を見上げる王さん
王さん
「周助サン、今夜ノヨウナ美シイ丸イオ月様ヲ中国デハ望月(ウァンユエ)といいます。不思議ナモノデ、オ月様ヲ見ルト遠ク離レタ故郷ノコトヲ思イ出シマス、同ジヒトツノ月ヲ故郷ノ家族ヤ友達モ見テイルダロウカト考エテシマイマスネ」
周助
「王さんの故郷は何というところですか?」
王さん
「松花江上ヨリモモット南二アル静苑県トイウ所デ、ソコニハ私ノ父ト母ト妹ガイマス妹トハ仲ガ良クテ、イツモ松花江上マデ遊ビ二行キマシタ」
王さん、月を見ながら澄んだ声で歌う
♪牀前(寝る前)二 月光ヲ見ル
疑ウラクハ コレ地上ノ霜カトモ
頭(こうべ)ヲアゲテ山月ヲ望ミ
頭ヲタレテ故郷ヲ思ウ♪
ポケットから化石を出す
王さん
「周助サン、コレ何カ分カリマスカ?」
周助
「巻貝ですね」
王さん
「ソウデス、綺麗デショウ」
周助
「ちょっと見せてください」
手に取る
周助
「わぁ、こんな綺麗な化石、初めて見ました」
王さん
「ソレ、月ノオサガリト言ウンダソウデス」
周助
「月のおさがり?」
王さん
「ソウデス少シ前デスガ穴ノ中デ黒ッポイ石ノ中カラコレガ顔ヲ出シテイタノデ夢中デ堀リ出シマシタ。後デ李サン二聞イタラ、コレハ月ノオサガリト言ッテ大変、珍シイ 石ナンダト教エテクレマシタ」
周助
「月のおさがり―すてきな名前ですね」
王さん
「ハイ―トクニ、コンナニ美シイ月夜二見ルト、コノ世ノモノトハ思エマセン名前ノヨウ二月カラノ贈リ物ノヨウナ気ガシマス」
周助、化石を月にかざし
周助
「王さん見て、こうすると化石をすき通して月が見えます」
王さん化石を覗きこみ
王さん
「本当デスネ、綺麗ダナー」
周助
「ふんとに綺麗です」
王さん
「私ハ毎日、暗イ穴ノ中デ、化石ト出会エル事が、タッタヒトツノ楽シミ二ナリマシタ。丸イ貝、細長イ貝、棒ノヨウニ尖ッタ貝―
ソノ中デモ一番ノ宝物、コノ月ノオサガリヲ、周助サン、アナタニ差シ上ゲマス」
周助
「え、僕に?それはいけません、王さんがそれほど大切にしているのなら、王さんが持っていてください」
王さん
「イエ、モウソノ必要ハナクナリマシタ」
周助
「―」
王さん
「私ハコレヲ、私ノ一番ノ友達―周助サン二差シ上ゲタイノデス。ソノタメニ、今夜宿舎カラ抜ケ出シテキタノデスカラ」
周助
「―分かりました、喜んでいただきます」
王さん
「ソレト、コレヲ京平サン二モ渡シテ下サイ」
化石を取り出す
周助
「あ、これはホタテ貝ですね」
王さん
「私ハ京平サンニモアゲヨウト思ッテ京平サンノ家マデ出カケテ行ッタノデスガ、イクラ戸ヲ叩イテモ寝テイテ起キテコナインデスヨ」
周助
「あいつ、寝ぼすけだからなぁ」
王さん
「コレデ思イ残ス事ハナクナリマシター
戸狩ハ私二トッテ悲シミノ村デス、デモ、アナタ達ノヨウナ心ノ優シイ人タチ二会エテ慰メ二ナリマシタ、本当二、アリガトウ。京平サンニモヨロシク」
周助
「王さん、さっきの歌、もう一度聞かせて下さい」
王さん、うなずく
♪牀前二 月光ヲ見ル
疑ウラクハ コレ地上ノ霜カトモ
頭ヲアゲテ 山月ヲ望ミ
頭ヲタレテ 故郷ヲ思ウ♪
王さん
「サヨナラ、周助サン」
周助
「王さ~ん!」
王さんが歌った「清夜の思」が流れる
王さんがゆっくりと消える
周助、呆然と立ち尽くす
―
山峠
朝
京平が立っている
周助が峠に来る
京平
「おう周助、学校に遅れるぞ」
周助
「俺、昨日王さんと遊んだ」
京平
「王さんと?うそこけ」
周助
「ふんとや、王さんな、中国の歌うたってくれたぞ。それから京平、おんしに王さんからの贈りもんもある、化石やぞ」
カバンを探すが出てこない
周助
「あれ、おかしいな、月のおさがりちゅう化石ももらったんや」
京平
「おんし、この前、王さんがあんまりにも元気がなかったんで心配しすぎとるんじゃないか」
周助
「京平、おんしんとこにも行ってな、王さん戸を叩いたんやが寝とったで、あきらめたちゅうとったぞ」
京平
「―」
周助
「おい、どうしたんや」
京平
「たしかに夕べ戸を叩く音がした」
周助
「おれ何だか王さんが心配になってきた」
京平
「俺もや」
周助
「よし、ヘソ山に行こう」
京平
「うん」
源じいが峠に来る
周助
「源じい」
源じい
「おお、今からおんしん所に行くつもりじゃったんよ夕べな、ある中国の青年からこれを渡してくれと頼まれてな」
包みを渡す、中からは「月のおさがり」と「ホタテ貝」
京平
「周助―
これ、今おんしが言っとった化石やないか」
周助
「源じい、その青年の名前は?」
源じい手帳を取り出し
源じい
「河北省清苑県出身、ワン・シ―ルン、十八歳―ほう、まだ十八歳か」
京平
「それで、その青年はどうしとる」
源じい
「夜中頃死んだわい、さっきのことを頼むと間もなくな―原因やっぱり栄養失調やろ」
源じい去る
音楽
京平、その場に倒れこむ
せみがせわしく鳴く
その木をジ―と見つめる周助
―
地下壕の出口
午後
周助老人が浮かぶ
周助老人
「ふり返ってみると、王さんとはほんの四ヶ月くらいの交流でした。それも憲兵にかくれて短い時間、ときにはひと言ふた言、言葉を交わすだけの日もありました、それでも王さんとは何やしらん深い友情のようなものが芽生えたような気がします。王さんの優しい心が私たちを結びつけなかもしれません、中国人という異民族に対する好奇心があってのかもしれません。
だだ―
ヘソ山の秘密基地へ忍んでいく冒険もすっかりやる気がなくなってしまいました。平も王さんのことは、ひと言も口にしませんでした。
―
そして八月十五日―」
玉音放送が流れる
周助老人
「日本は戦争に負けました。長い、長い戦争がようやく終わったのです
―
それからしばらく、デマとも本当とも分からぬ噂が流れました。岐阜ではアメリカ軍がくるので十八歳以上の女性は米を持って三田洞の山 逃げるよう命令があったとか、小学校にいた軍のえらいさんが、いち早くトラックに荷物を積んで逃げたちゅう話も聞きました。実際に全国各地では中国や朝鮮の労働者が憲兵を探しての暴力沙汰や、村の商店街を襲って品物を奪うちゅうこともあってようです。ところが―この戸狩ではそのようなことは起きませんでした。不思議でしょ?戸狩は中国人の捕虜がたくさんいただけに深刻だったはずです
―
最後にヘソ山の山頂に案内しましょう」
第八場「再会」
山峠―昼
周助、きよ、沖田ばばが家に変える帰る途中、ふもとから村人が駆け込んでくる
村人
「大変じゃ!ばばさよ。ヘソ山の中国人が仕返しに村を襲いに来たんじゃ」
沖田ばば
「何を言うとるか」
村人
「松五郎はのう、朝早く岩村のほうに逃げたんじゃ、ばばさもそんなところでぼ~っと突っ立んとらんと早く逃げたほうが―」
中国人労働者十数人が山峠に現る
村人
「あっ来よった。お~い、中国人が仕返しにきたぞ」
走って去る村人
労働者の先頭に李清仁もいる
周助
「あ、李さん」
李さん
「ヤア周助クンデハナイデスカ。キヨサン二、沖田バアサンデスネ?」
きよ
「ハイ」
李さん
「ズイブン探シマシタヨ。アナタ方ハ、イツカ私タチ二、イモヲ下サイマシタ。ネ、今日ハ、ソノ、オ礼二来マシタ」
労働者
「謝謝(シェイシェイ)」
沖田ばば
「あんな少しのイモで恥ずかしい」
李さん
「イモハ少クトモ、アナタ方ノ心ガ尊イノデス。アノ頃ハ一日二、タッタ三ツノ饅頭シカアリマセンデシタ、アナタ方ノ下サッタ芋ガドレダケ嬉シカッタコトカドウカ、コレヲ受ケトッテ下サイ」
包みを渡す
きよと沖田ばば顔を見合わせ
沖田ばば「
―それじゃあ」
受け取る
李さん
「周助クン、君ハ残念ショウガ日本ハ戦争二負ケマシタ、シカシ国ガ滅ビタ訳デハアリマセン、コレカラ大変デショウガ日本ハ必ズ新シイ国二生マレ変ワリマス、ソシテ本当二友達二ナレル日ガ来ルト信ジテイマスタダ―王クンガイナイノガ残念デナリマセンモウ半月、体ガモッテクレレバ―ツライ思イバカリシテ、王クンガ可哀想デス」
じっ~と空を見つめる李さん
中国人労働者も空を見上げる
李さん
「沖田ばあさん」
沖田ばば
「はい」
李さん
「村ノ人タチハ私タチヲ恐レテイルヨウデスガ、皆サンニ伝エテ下サイ。私タチハ日本政府二約束通リ賃金ヲ払イ、一日モ早ク祖国二返ソコトヲ問イマスシカシ、真面目二働イテイル人二ハ絶対二乱暴ハシマセン、物ヲ買エバ、オ金ヲ払イマス。私タチハ暫ク宿舎二イマスカラ、気軽二遊ビニ来テ下サイ」
沖田ばば
「分かった、村のもんにもそう言っときます」
李さん
「それでは」
周助
「―李さん」
音楽
李さん
「周助クン、約束デスヨ、マタイツカ必ズ会イマショウ、私ノ国ト日本トガ仲良ク手ヲ取リ合アエルヨウ、オ互イ頑張リマショウ王クンモ、ソレヲ望ンデイルト思イマス」
周助
「はい」
李さん
「ソレデハ皆サン、オ元気デ再会(ツァイツェン)」
労働者
「再会」
中国人労働者、山を下っていく
村人たち、手を振る
周助
「李さん、さよなら―さようなら」
中国人労働者の姿が小さくなる
いつまでも手を振る、周助と村人たち
―
エピローグ「夢」
夕暮れの化石山・山頂
日中不再戦誓いの碑が立つ
ひくらしが、せわしく鳴いている
周助老人
「それが中国人と交わした最後の言葉でした、わしは小さくなっていく李さんに、ず~と手を振っていました―宿舎にですか?行きませんでした、しばらくして、ヘソ山で働いていた中国人は故郷に帰っていったからです」
碑を見上げる
周助老人「しかし不思議なものですよ、全国各地でヘソ山と同
じようの工事をやっとったわけですが、イモを差し
入れて戦後、中国人がお礼にきたっちゅう話は聞い
たことがありません
そんな所から戸狩の人たちは中国や朝鮮の人たちに友好的な考え方がもてるのかましれません
この日中不再戦誓いの碑も戸狩全体を―そして海の向こうに住む世界中の人たちを見守っているのかもしれませんね!
―
裏を見てください、この地で亡くなった三十九人の中国人の名前が掘ってあります」
音楽
周助老人
「わしは王さんの話をするのは―実は初めてなんです。あなた方から話を頂いたときも迷いました、話しただけで、うまく伝わるんやろうかと思ったんです。いろいろ考えて決めました、あなた方のような若い人たちにこそ、王さんのことを知ってもらおうと―わしが見てきた戸狩の歴史王さんのこと、李さんのこと、光にない地下壕のこと。そして―山頂に立つ碑のこと。
―
このあたりにも当時のことを知っている人たちがたくさんいます。これからもヘソ山もことについて調べられるならその人たちにも話を聞くといい、一人一人に歴史があるわけですからね」
周助老人、山頂から下を見下ろす
周助老人
「あれはあなた方のクラスメイトではないですか?お、手振っておるお―い!お―い!」
手を振る
周助老人
「―わしの夢か、そうですね、海の向こうから日本に来た中国や朝鮮の人たちが、ここだけは行ってみたい所として、ヘソ山と言って
ほしいですね。それにはまず、われわれ日本人が事実を見つめるところから始めなくてはいけませんね。君たちは若い、戦後六十年、いろいろありましたが大切なのはきっとこれからなんです。あのクラスメイトにも、わしの話を聞かせてあげてください。そしてまた会いましょう。文化祭は必ず見に行きますそれでは―
―
はぁ、そうですね再会!」
夕陽が落ち、急速に夜になる
満月
周助老人、ポケットから月のおさがりを出し、松花江上を歌う
♪ウォンドゥジャ ザイドンベイスンファジャンシャン
ナ―リヨ― センリンメンコワン ハイヨナ―
マンシャンピェン イェディダドゥガオリャン
王さんと李さんが浮かび、一緒に歌う
♪ウォンドゥジャ ザイドンベイスンファジャンシャン
ナ―リヨウ ウォドゥドンバォハイヨナ―
シュワイラオドゥデェニャン♪
中国人労働者も歌う
♪ジュイバ― ジュイバ―
ツォンナガベイツァンドゥシ―ホ―
ジュイバ―ジュイバ―
ツォンナガベイツァンドゥシ―ホ―♪
希望の松花江上が流れ
―
全員の合唱
化石山テーマソング
「思い出すのは故郷(ふるさと)」
作詞・・・杉本 洋
作曲・・・山口綾子
編曲・・・野崎佳史
一、草ぶえを吹けば 見えてくる山里が
草ぶえを吹けば つながるあの時が
思いはちがっても 帰る所はひとつ
思いはても 思い出すのは故郷
二、ふるさとを流れる あの川を思えば
ふるさとにつながる この川を見つめ続ける
思いはちがっても 帰る所はひとつ
世界がちがっても 思い出すのは故郷
帰るところは故郷
あとがき「別れは出会いの始まり」
芝居の中で化石山の中国朝鮮人強制連行を全て描くことができないので、その後の化石山を書きたいと思います。中国政府の「暴二報イルニ暴ヲ以ッテセズ」という良心的な配慮により満州で敗戦を迎えた兵士たちは日本へ返還されることになりました。
そし化石山でイモをもらった中国人が戦後、お礼に来た等の話を聞き、自らの命を救ってくれた中国に対する思いと贖罪を重ね、化石山の中腹に手作りの慰霊碑を建てました。この時、地元の高校生たちが協力し、作業が一段と盛り上がったといいます。そして中国人殉難者供養会が結成され、慰霊祭を行い今日まで絶えることなく続いています。一九六七年、今から三十九年前のことです。
この間、化石山では様々なことが起きました。名鉄が地下壕を利用し、お化け屋敷を作ろうとして地元の猛反対にあい中止になったこと、一九七一年に中央高速道路の建設で一部が化石山にかかるので墓碑を山頂に移したとき、強制労働で亡くなった中国人の骨が出てきたけれど、土建会社が隠してしまったこと、NHKエンタ―プライズの企画で壕の一部を学習施設にし、貴重な壕内の爪跡を破壊してしまったこと、必要のない道路を作るために化石山を取り壊そうとしていることなどです。
地下軍需工場跡地は全国にあり、戦後六十一年が経って風化の一途を辿っていますが、あまりにも巨大で無数にあるため埋めることも出来ず地下壕を快く思っていない人たちが悪知恵を働かせ、いろんなことを仕掛けてきます。
瑞浪にある化石山もまるで歴史に口封じするかのように地下壕の入り口を固いコンクリ―トで封鎖され、テ―マパ―クや体育館を作り、化石山地下壕には目が向けさせないようにしています。しかし「暴二報イルニ暴力ヲ以ッテセズ」の良心に共鳴した人たちが公園化した化石山周辺に歴史案内の看板を立て、親子や学生たちが注意深く読んでいる姿を何度も目撃しました。また地元の学生たちが化石山を劇化し、文化祭で発表したり、京都の小学生たちを修学旅行で化石山に連れてきて、強制連行の正面から歴史を学ばせようとしている先生方もみえます。日本が急速に右旋回する中で、このような小さな取り組みが拡がっていくことが、同じ過ちを繰り返さないことになると信じています。僕たちの芝居を見て下さった人たちが化石山に足を運び、異国の地で亡くなった中国人に思いを馳せ、自らの意思で行動してもらえる事を祈っています。
この作品は二〇〇一年にスタ―トし、今回で終わりとさせていただきますがこれからの時代、加害の立場で未来を見つめる作品が要求されてくることでしょう。つぶれそう一座は引き続き強制連行に関する聞き取り調査を行い、長編ではないけれど、どこへでも出かけて行き化石山の地下壕の歴史を共に考えていけるような作品を作品を創る事をお約束します。
出会いは別れの始まりという言葉がありますが、沖縄では別れは出会いの始まりと言うんだそうです。化石山から拡がる仲間と共に、これからも平和な世の中を引き継いでいきましょう。それがこの地で亡くなった王さんをはじめとする三十九名の慰霊に報いることだと思います。
「前事不忘後事之師」、負の歴史を未来の財産にしましょう!
二〇〇六年七月二日(日) 台本を書いた野﨑佳史