
働者劇団つぶれそう一座
【みんなの広場】
朝鮮の民話
おどりのすきな虎
原作・松谷みよこ
(「おどりのすきな虎(太平社)より」)
脚本・蔡 一恵
脚色・野﨑佳史
『江戸歌舞伎と朝鮮広場(マダン劇)』
台本によせて 二〇〇四年一月十一日(日)野﨑佳史
東京がまだ江戸と呼ばれていた頃、庶民の娯楽と言えば歌舞伎でした。今では何万円も出さないといい席で見ることが出来ない歌舞伎も、その頃は身近で気軽に楽しめるものでした。
出し物が面白ければ、あっという間に小屋がいっぱいになり、それでも見たいという人がいれば、舞台の袖まで客を入れて上演したんだそうです。つまらない出し物だと一番前の席で平気で弁当を広げて食べたり、おしゃべりをする始末―今こんな事をしたら叱られてしまいますが、いい芝居には拍手をおくり、つまらない芝居にはソッポを向ける、俺たちが歌舞伎を育てているんだという思いが強かったのかもしれません。心中ものや討ち入りの話は特に人気が高かったようですが、幕府に反するような風俗的なものには、お上から嫌われて度々禁止令が出されました。でもそこで引き下がらないのが江戸の舞台人、登場人物を代えて上演する。すると、お上からまた禁止令が出る。今度は時代設定を代えて再び上演し客がド~と沸く。手を変え品を変え上演しました。その頃の情景が目に浮かびます。
お隣の朝鮮のむかし話には虎がよく登場しますが、勇ましい虎たちも朝鮮のむかし話に登場する虎たちはドジだったり気が弱かったりと、どこか愛嬌があります。朝鮮の人々も江戸の士農工商に負けないぐらい身分の差があり、人々の生活が苦しかったといいます。もしかしたら勇ましい虎たちを役人に見立ててからかったりしていたのかもしれません。そうしてみると文化を利用してストレスを発散させようとしていた日本の人たちと似ていて親しみを感じてきます。さて「おどりのすきな虎」に登場する虎たちは、どんな活躍を見せてくれるのでしょう。
(登場人物)
おどりのすきな虎
怒りんぼうの虎
泣きむしの虎
寝ぼすけの虎
食いしんぼうの虎
酔っぱらいの虎
大将虎
きこりの少年
仮面の男たち
(場)
プロロ―グ「虎がタバコを吸っていた頃」
第一場 「おどりのすきな虎」
第二場 「きこりに少年」
第三場 「虎ばしご」
エピロ―グ「虎がタバコを吸わなくなった現在(いま)」
プロロ―グ「虎がまだタバコを吸っていた頃」
つぶれそう広場(マダン)劇場
遠方に山の稜線が見える
突然、林の中から太鼓(プク)の音が鳴り、
仮面の男たちが賑やかに入場
楽しそうに音楽を奏でる
仮面の男 「ここは○○じゃな。わしは朝鮮という国からにみなさんに、むかし話を見てもらうためにやってきたんじゃよ。わしらの国『朝鮮』とみなさんが住んでいる日本はお隣同士の国なんだ。ちょっと地図で見てみようかのう」
地図を広げる
日本と朝鮮半島の地図
仮面の男 「ほ~らね。こんなに近いお隣同士の国だから
日本と朝鮮には、よ~く似たむかし話がたくさ~んあるんだ。それからね、言葉もよく似てるんだ。例えば―みなさんが持っている―かばんわしらの国では『カバン』。汽車のことを『キチャ』。学校のことを『ハッキョ』。道具のことを『トグ』。♪どんぐりころころどんぶりこの―どんぐりを『トトリ』だったりね。日本のむかし話には動物がたくさ~ん出てくるよね?朝鮮のむかし話にも動物がたくさ~ん出てくるんだ。ウサギにカメ、オオカミにシカ。でもね、鳴き声がちょっと違うんだ。例えば―犬。日本ではワンワン、ワンワンだよね?朝鮮では『モンモン、モンモン』なんだ。猫はニャ~ン、ニャ~ンじゃなくて―『ヤウ~ン、ヤウ~ン』。牛はモ~ウではなくて『ウンメ~』。鶏はコケコッコウえせはなく『コギヨ~』なんだ。同じ動物でも違う国の人が聞くと全然違って聞こえるんだね!じゃあ―虎は?」
会場から「ガォ~、ガォ~」の声
仮面の男 「ガォ~、ガォ~?わしらの国では―『オフ~
ン、オフ~ン』なんだ」
音楽
仮面の男 「今からみなさんに見てもらうお話は『オフ~
ン』と鳴く虎が、まだタバコを吸っていた頃のむか~しむか~しのお話です」
仮面の男が去る
第一場「おどりのすきな虎」
朝鮮半島の山奥
音楽にのって、虎が四方八方から出てくる
仮面の男 「むか~し、朝鮮の山奥に虎がいっぱい住んで
おった」
オフ~ン、オフ~ンと鳴く虎たち
仮面の男 「虎は朝鮮語でホランイ―
大将虎を先頭に、まぁぞろぞろおった」
オフ~ン、オフ~ン
仮面の男 「怒りんぼうの虎―」
怒りんぼうの虎が吠える
怒りんぼ虎「オフ~ン」
仮面の男 「泣きむしの虎―」
泣きむしの虎が吠える
泣きむし虎「オフ~ン」
仮面の男 「寝ぼすけの虎―」
寝ぼすけの虎が吠える
寝ぼすけ虎「オフ~ン」
仮面の男 「食いしんぼうの虎―」
食いしんぼうの虎が吠える
食いしん虎「オフ~ン」
仮面の男 「酔っぱらいの虎―」
酔っぱらいの虎が吠える
酔っぱら虎「オフ~ン」
虎たち 「オフ~ン」
オフ~ン
オフ~ン
仮面の男 「その中に一匹―へんな虎がおった。おどりの好きな虎、チュムジョアハヌンホランイだ。
どこからか笛や太鼓の音が鳴るとじっとして
いられない。立ち上がって踊りだす」
チンの音
虎たち天を見上げる
おどりのすきな虎、チャンゴと笛の音にのっておどりながら登場
―
仮面の男 「これには他の虎たちもあきれてんねぇ」
虎たち大きなため息
虎たち、大きなため息
仮面の男 「すると―」
大きな落雷
大将虎 「オフ~ン、オフ~ン」
大きな大将虎が登場
虎たち、あわてて整列する
仮面の男 「大将虎が天に向かって吠えた」
大将虎 「サ~ラメピ、サラメコギルルモッコシッポチ
ュッケッタ、オフ~ン。
俺が好きなのは人間の血だ、人間の肉だ。人間の血を吸い、人間の肉を食べる。それが俺たち虎だ。やい、おどりのすきな虎!おどるなら、人間の血の匂いを嗅いでおどれ。オフ~ン、オフ~ン」
消える
怒りんぼ虎「やい、おどりのすきな虎。お前はおどってばっかりで、人間を捕まえることなんてできないだろう」
虎たち 「そうだそうだ」
おどりの虎「そんなことはないよ。僕だって人間の一人や
二人捕まえることはできるさ」
酔っぱらいの虎が笑いながら
酔っぱら虎「ケッケッケ。ヒック、お前がここに来て三年になるが、ヒック、人間を捕まえた所なんて、一度だって見たことがねぇ。なぁ―」
虎たち 「見たことねぇ、見たことねぇ」
おどりの虎「いいさ、今にみておけ。オフ~ン」
チャンゴの伴奏で、アリランを歌いながら退場
♪ア~リラン ア~リラン ア~ラ~リ~ヨ~
ア~リランコ~ゲ~ロ ノ~モガンダ
ナ~ルルポリゴ カ~シヌン二ム~ン
シ~ムニドモッカッソ パ~ルピョンナンダ♪
怒りんぼ虎「ふん、なまいきな奴だ」
虎たち、それぞれの位置に散らばる
寝ぼすけ虎「兄貴!まぁのんびりと行きましょうや」
怒りんぼ虎「うるさい!だいだいお前のような寝ぼすけで
のろまな奴がいるから人間を捕まえられないんじゃないか!」
寝ぼすけ虎「もう。いくらお腹が空いてるからって、僕に八つ当たりしなくてもいいのに」
泣きむしの虎、号泣
泣きむし虎「うぇ~ん!」
怒りんぼ虎「おい、どうした?」
泣きむし虎「お腹が空いたよ~。僕、お肉が食べたいよ~」
怒りんぼ虎「お腹が空いてるのはお前だけじゃないんだ」
泣きむし虎「―。
うぇ~ん!」
虎たち、耳をふさぐ
怒りんぼ虎「泣くな!いい歳した虎がみっともない!」
酔っぱらいの虎、持っていた瓢箪を逆さにして酒がないことに苛立ち
酔っぱら虎「くっそ~、酒もきれやがった。兄貴!まずい
ですよ」
怒りんぼうの虎の所に集まる
酔っぱら虎「何か栄養のあるもん食べないと俺たちみ~
んなー」
虎たち 「死んでしまいますぜ」
怒りんぼ虎「う~ん」
第二場「きこりの少年」
鼻歌が聞こえ、虎たちは耳を立てる
密陽(ミリャン)アリランを歌いながら、
きこりの少年が登場
♪ナルチョンボソ ナルチョンボソ
ナ~ルチョグンボ~ソ~
トンジソッタ~ル コポンドゥシ~
ナ~ルチョグンボ~ソ~
ア~リア~リラン ス~リス~リラン
アラリ~ガナンネ~
ア~リ~ラン オジョルシグ~
ノ~モ~ガンダ~♪
怒りんぼうの虎の合図で、虎たち引っ込む
仮面の男 「山に一人の少年がやってきた。少年の名はソニョン。少年は山の木を切るのが仕事。でも、恐ろしい虎が住んでいるとは知らなかった」
虎たち顔を出す
少年、荷を下ろし
木を品定め
仮面の男 「あれあれ、あっちのも虎。こっちのも虎。で
も少年には見えなくて―」
少年 「わぁ、いい木がいっぱいある。どうやらここ
にはきこりが来ないらしいなぁ」
虎たちがよだれを噴きながら登場
少年 「さぁて。どの木を切ろうかな」
落雷
大将虎登場
大将虎 「オフ~ン、オフ~ン」
虎たち整列
酔っぱらいの虎、一歩前に出て
酔っぱら虎「申しあげます。久しく人間が来ませんでした
が、きこりが一人やってきました。まだ、子どもですが―」
よだれを拭いて
酔っぱら虎「うまそうです」
大将虎 「よ~し」
大将虎、引っ込む
仮面の男 「虎たちは準備にとりかった」
虎たち集まって相談
仮面の男 「何も知らない少年は一本の柳の木を見つける
と、斧をふりあげ、切りはじめた」
少年、のんきに鼻歌を歌いながら木を切り出す
カ~ン、カ~ン
♪ナルチョンボソ ナルチョンボソ
ナ~ルチョグンボ~ソ~
トンジソッタル コポンドゥシ~
ナ~ルチョグンボソ~
ア~リア~リラン ス~リス~リラン
アラリガナンネ~
ア~リ~ラン オジョルシグ~
ノ~モ~ガンダ~♪
虎たちが気づかぬうちに、おどりのすきな虎が歌にのって陽気に踊りだす
慌てたのは虎たち。おどりのすきな虎を引き戻す
虎たち 「シ―ッ」
おどりの虎「僕が行くよ」
虎たち、太鼓のリズムに合わせ少年によっていく
―
準備が整うと―
大将虎 「かかれ!」
虎たち 「オフ~ン」
少年 「うわぁ~」
少年はびっくりして逃げる
追う虎たち
オフ~ン、オフ~ン
少年を追いハイスピ―ドで廻るが、自分たちが目をまわし倒れる
その隙にさっと逃げる少年
仮面の男 「少年は必死で逃げた。柳の木を見つけるとス
ルスルと登っていった」
起用に木を登る少年
虎たち、木にとびつく
仮面の男 「虎たちも柳の木にとびついたが転げ落ち、ま
たとびついては転げ落ち。
すると―」
チンの音
天を仰ぐ虎たち
大将虎 「よ~し、虎ばしごを組め!」
虎たち 「オフ~ン」
第3場「虎ばしご」
虎たち消える
仮面の男 「虎たちは一匹の上にまた一匹、虎ばしごを組
んで上へ上へと登った」
怒りんぼ虎「よ~し、行くぞ!」
虎たち 「おう!」
虎たちが虎ばしごになっていく(影絵やペープサートなど)
虎たち 「アチャ(おどり)、アチャ(酔っぱらい)、アチャ(食いしんぼう)、アチャ(寝ぼすけ)、アチャ(泣きむし)アチャ(怒りんぼう)、オフ~ン」
仮面の男 「少年は必死で逃げた。その後を追いかけて虎
ばしごは伸びていく」
虎たち 「オフ~ン」
仮面の男 「いちばん上に怒りんぼうの虎。(オフ~ン)。
その下に泣きむしの虎。(オフ~ン)。その下に寝ぼすけの虎。(オフ~ン)。その下に食いしんぼうの虎。(オフ~ン)。その下に酔っぱらいの虎。(オフ~ン)。一番下におどりのすきな虎(オフ~ン)」
虎たち 「オフ~ン、オフ~ン」
仮面の男 「少年は木のてっぺんまでくると―」
少年 「このままじゃ虎に食べられてしまうよ~。父
さん、母さん、助けて~」
仮面の男 「助けを求めて叫んだ。そのとき、ふっと父さんの顔が浮かんだ。少年は突然、笛(ピリ)を吹きたくなった。腰にさした山刀で柳の木を切り、穴を開けて笛を作った。死んだ父さんに教えてもらった笛。少年は笛を吹いた」
笛の音
仮面の男 「笛の音は響き、木も草もうっとりと聞きほれ
た」
おどりの虎「あ、笛の音だ!」
仮面の男 「一番下で踏ん張っていたおどりのすきな虎は
笛の音を聞いて お尻をふり出した」
おどりの虎「おどりた~い、おどりた~い」
虎ばしごがグラつく
虎たち 「うわぁ~」
怒りんぼ虎「おい、どうした!しっかりと支えていろ」
虎ばしごを組み直す
虎たち 「オフ~ン」
仮面の男 「虎たちの目は光り、少年のすぐ傍までやって
きた。けれど少年は笛を吹き続けた」
笛の音
おどりの虎「だめだ。も~うだめだ。俺はおどるぞ~」
虎ばしごがグラグラし―
おどりのすきな虎がおどりだす
虎たち 「うわぁ~」
虎ばしごが空中分解し―
虎たちは地上に落下する
虎たち 「―」
おどりのすきな虎、狂ったようにおどる
少年、木から降りて―
少年 「アボジ~、オモニ~、コマッスムニダ~。
お父さん~、お母さん~ありがとう~」
仮面の男 「こうしてきこりの少年は、笛を吹きながら無事に帰ったとさー」
少年去っていく
いつまでもおどり続ける、おどりのすきな虎
エピロ―グ「虎がタバコを吸わなくなった現在(いま)」
音楽
仮面の男が登場
―
仮面の男 「中国と朝鮮の国境に拡がる白頭山(ペクトゥ
サン)にむかし、虎がたくさん住んでいました。大陸の虎に比べ、身体の小さな朝鮮虎は、白頭山を渡って北はロシア、東は韓国の釜山(プサン)まで幅広く生息していたと伝えられています。ソウルオリンピックのマスコットにもなった虎は朝鮮の人々に最も多く愛されてきました。強くて勇ましい虎も、朝鮮のむかし話に登場する虎たちは間が抜けていて、どこか愛嬌があります。ときには権力者の象徴として民衆にコテンパンにやられる虎たちも、我々人間と同じようにドジで臆病に描かれていてどこか憎めませんね。十九世紀頃まで韓国の首都・ソウルにも度々、虎が出没していたようで、野生の虎が人間を襲った記録も残されています。日本の植民地時代になると『猛獣駆除』を名目に朝鮮虎を捕獲して虎の皮を日本に持ち帰ったといいます。
一九二二年、韓国の慶州(キョンジュ)で野生の虎が捕獲されたのを最後に朝鮮の虎は絶滅したとみられます。北朝鮮では一九四五年に野生の虎が捕獲されたと伝えられましたが確認されていません。中国と北朝鮮の国境沿いの山岳地帯には、まだ野生の朝鮮虎が生息しているのではないかと伝えられていますが、これも確認されていません。でも虎たちは生き続けています。私たちの心の中に、現在(いまも)―」
朝鮮の民謡「故郷の春(コヒャンエポム)」が聞こえてくる
♪わたしの故郷~ 花の里~
ももの花 あんずの花 ひめつつじ~
赤白黄色の 花園で~
遊んだむかしが なつかしい~
ナ~エサルドン コ~ヒャンウン
コッピ~ヌンサンコ~ル
ポクスンア~コッ サルグンコ~ッ
ア~ギ~チンダルレ~
ウルグップルグッ コ~テグォル
チャ~リンイントンネ~
ク~ソ~ゲ~ソ~ ノルドンテ~ガ
ク~リプスムニ~ダ~
花咲きみだれ~ 鳥うたう~
みどりの野原に 南風~
川辺の柳が そよぐ村~
遊んだむかしが なつかしい~
コ~トンネセ~トンネ~
ナ~エ~イェッコ~ヒャン
パ~ラントゥル ナムチョ~ゲ~ソ~
パ~ラ~ミ~プルミョン
ネ~カ~エ スンヤンポ~ドゥル
チュムチュンヌントンネ~
ク~ソ~ゲ~ソ ノルドンテ~ガ~
ク~リプスムニ~ダ♪
(終わり)