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      なんちゃって童話 

   トラとライオンどちらが強い?

                                                     加藤康弘

 

 このお話はいつの時代のことやら、定かではありません。人間が猟銃を片手に動物たちの王国に分け入り、狩りを行っていたようなのですが、どうも現代のお話というわけでもないようなのです。だだ、人間界では戦争が頻繁に起きておりました。戦車が人々の住む街を砲撃し、その戦車を破壊するために歩兵たちが爆弾やバズーカ砲などをもって、あちこちを駆けずり回っていたのです。 そして自然界では、密林が山野を覆い、サバンナに大小様々な動物たちが群れをなし、豊かに生える草を食んでいました。まだ、森林が人間たちによって伐採され、動物たちの生息域が狭められることもなく、そして人間たちの密猟によって絶滅の危機に瀕する動物もいませんでした。人間と自然界とが共存し、互いの棲み分けがきちんとできていた頃のお話なのです。

 人間界と自然界の境では、人間たちの戦争で戦車の砲撃や機関銃の音が昼夜の別なく、鳴り響いていました。その音は動物たちの住む自然界にも聞こえてくるのです。森の動物たちは「ああ、また愚かな人間どもが意味もなく争っている」と冷ややかに噂していたのですが、みな内心では恐れてもいました。聞こえてくる音は、人間がたまにジャングルに狩りに来る時に使う「銃」の音にそっくりだからです。動物たちは「銃」をとても恐れていました。「銃」を持った人間・・・猟師を殺した場合、持っていた「銃」は動物たちの協定では協定委員会の委員長、象のアーナンの元に預けられることになっていました。その決まり事を破り、「銃」を隠したりした動物は、どんなに力のある動物でも罰せられることになっていました。

 トラでもライオンでも象でも、例外なく・・・・。

 そんな動物たちの住む自然界に、戦場から一人の歩兵が迷い込んできたことから、この物語は始まるのです。

  

 そこはトラの王フセイルが支配するジャングルでした。ただ、ジャングルに間違って迷い込んでしまった歩兵にはそのことはわかりません。早く隊に戻らなければ・・・と心は焦るのですが、なにしろ鬱蒼と生い茂るジャングル、方向がまるでわかりません。 

 その歩兵をつけ狙う、黄色と黒の縞模様・・・トパーズ色の目が木々の間から歩兵を捉えています。その猛獣にずっとつけられていることなど、夢にも思わない歩兵ではありましたが、やはり何者かの気配は感じているようで、先ほどから脂汗を額に滲ませ、携帯した銃を構えて離しませんでした。

 と、突然、「シャアー」という吠え声とともに何者かに覆い被されて、歩兵はその牙に首の辺りを食いちぎられ、殺されてしまいました。

 歩兵を襲ったのはトラの王フセイルでした。トラの王・・・といってもこのジャングルにはトラは彼一頭しかいません。トラは本来、孤高の動物です。しかしジャングルの動物たちは彼を恐れ、だれも逆らおうとしないため、彼はこのジャングルのトラの王ということになっているのです。実際、彼はジャングルの動物たちを自分の家来か餌くらいにしか思っていませんでした。

 フセイルは倒れた足下の歩兵をいまいましそうに見つめました。

 「ふん、人間め。俺の親父やおふくろは、俺が小さい時にこいつらに殺されたんだ。今ようやく復讐を果たすことができたわい。さて、こいつをねぐらまで運んでいって喰らうとするか・・・あっ、こいつ銃を持っているな。象のアーナンの所まで届けなければならないな。え~い、面倒くさい。本当に面倒くさい協定があったものだわい」

 トラの王はゴロゴロとうなり声を上げました。

 「えい、とにかくこいつをねぐらまで運んでしまおう。すべてはそれからだ」

 トラの王フセイルは歩兵のえり元をくわえ、そのままずるずると引きずっていきました。銃はねぐらで歩兵を食べた後、届ければいいと思ったのです。しかし、その一部始終を樹上で見守っていた者がいました。

 カラスのフレアです。カラスの一族はジャングルの遙か西、サバンナに住むライオンの王ジョージに仕えていました。自然界のありとあらゆる情報をライオンの王のもとにもたらす役目を担っているのです。

 「こりゃ、大変だ。トラのフセイルの奴が銃を隠そうとしているぞ。象のアーナンの所へ持って行く気はないらしい・・・ああっ、洞穴に入っていく。これはもう決定的だぞ。トラのフセイルは動物協定を破り、銃を隠し持っている!早く、王様のもとに知らせないと・・・」

 フレアは西のサバンナに向かって飛び立ちました。

 一方、洞穴の自分のねぐらに歩兵を引きずり込んだフセイルは、歩兵の携帯していたものを物色し始めました。

 「これが銃だな・・・これは何だろう?丸太のような?こんなもの見たことないぞ?銃ではなさそうだな」

 それは人間が戦争で戦車を破壊する為に使うバズーカ砲でした。こんなものをもって狩りをする漁師はいませんから、トラの王はこの大砲を見るのは初めてだったのです。

 「こいつは太いから、くわえて運ぶなんてできんな。銃じゃなさそうだから、銃だけ象のアーナンの所に持っていくか」

 トラの王は最初から銃を隠す気はなかったのです。そしてトラは時間をかけて歩兵をむさぼり食った後、銃をくわえ象のアーナンの所に向かいました。途中、水を飲む為に谷間を下った彼は「あっ」と叫び、その拍子に銃が谷間に落ちてしまいました。

 トラが「あっ」と叫んだ理由は、谷間に水が少ししか流れていなかったからです。

 「いつもはそれこそ、洪水のような勢いで流れているのに・・・ロックだな。ビーバーのロックの仕業だな。あいつが上流で川を堰き止めてやがるんだ」

 谷間に落ちた銃はいくら探しても見つかりません。

 「えい、しかたがない。銃は人間は持っていなかったということにするか。それよりもビーバーのロックを懲らしめてやらないと」

 フセイルは上流に向かって歩き始めました。

 

 サバンナの中央、その大きな岩山にライオンの王国がありました。群れで暮らす彼らはサバンナのあらゆる肉食獣たちの間では最強でした。このサバンナでは誰も彼らに逆らう者はいませんでした。

 象の一族を除いては・・・。

 そのライオンたちの王、ジョージは今日も子ライオンたちを集め、岩山の上から演説をしていました。

 「諸君、わしはこの間、諸君ら子ライオンをさらっては喰らっておった、豹のオマールを退治したぞ。しばらく不安な夜が続いて、眠れなかったと思うが、もう大丈夫だ。あとは共犯の黒豹ラビーンを見つけしだい退治するので、それまでは奴にはくれぐれも油断しないように気をつけるんだ」

 子ライオンたちの目が、一斉に憧憬の色を湛えてジョージを見ています。ジョージは誇らしい気持ちになりました。そこへ、一羽のカラスが舞い降りてきてライオンの王の肩に止まりました。カラスのフレアです。

 「王様、王様、大変です。東のジャングルの、あのトラのフセイルが、人間の漁師を殺し、銃を自分のねぐらに隠しましたぜ」

 「なんだと?それは確かか?」 

 「ええ、確かです。この目で見たんですよう」

 子ライオンたちがざわついています。

 「トラのフセイルって・・・あの残酷で有名な?」

 「水辺にいた子鹿たちを一匹残らず、なぶり殺しにした、あの残虐王?」

 「そんな奴が銃を隠し持っているなんて・・・」

 「大丈夫さ、ぼくらの王様なら、あんな奴すぐに退治できるさ。ねっ!王様」

 ライオンのジョージは胸を反り返らせて言いました。

 「おっ・・おう、あんな奴すぐに退治してやる」

 内心、ジョージはトラに対してはあまり自信がありませんでした。豹を相手にするのとはわけが違います。また一方ではしめた!と思っています。この黒ガラスの情報を元に、あの忌々しいフセイルを自然界から締め出すチャンスだと思ったのです。

 「おい!黒ガラス!象のアーナンの所まで飛んで伝えてくれ!自然界の裏切り者がでた、至急、動物協議会を招集しろとな」

 

  象のアーナンはサバンナの水辺にいました。

 水辺・・と言っても、水はわずかしかありません。フラミンゴや白鳥などの水辺の鳥たちは困った様子で象のアーナンに訴えています。

 「これじゃあ、魚が捕れないよ」

 「ぼくらは、水がないと毛繕いもできないし、寄生虫も殺せやしないよ」

 ワニやカバもやってきます。

 「おい、象のアーナンなんとかしてくれ」

 「わしらワニの仲間は、水の中に隠れて水辺の動物たちを捕獲するんだ。こんなに水が少なくちゃあ、わしらの姿が丸見えだ。狩りもできやしない」

 「わしらカバは、ライオンたちから身を守るために水の中にいるんだ。これじゃあすぐにライオンに殺されてしまうよ」

 象のアーナンは考えます。

「大変なのはお前たちばかりじゃないさ。自然界の動物たちすべてが困っているんだ。わしら象も水遊びが出来ないし・・・それもこれも、あのけちんぼのビーバーのロックが川を堰き止めているのがいけないんだ」

 象のアーナンがそう言うと、動物たちが口々にビーバーのロックを非難し始めました。

 「そうだ、ビーバーのロックが悪いんだ」

 「あいつが川を堰き止めているからいけないんだ」

 「象のアーナン、ビーバーのロックをなんとか懲らしめてくれ」

 象のアーナンはパオーンと鼻を高く上げました。

 「よし、みんなわかった。ビーバーのロックと話合いに行こう。ただ、ビーバーは川を堰き止めて巣を作る動物だからな。それはあいつの権利だから、ダムを壊せとは言えん。せめて水辺に水がゆきわたるように、ダムの水を調整出来ないかと、あいつに交渉してみよう」

 そして象のアーナンはビーバーのロックに会うために川を上流へと歩きだしました。

 

 ビーバーのロックは木の枝などを組み合わせ、見事なダムを築きあげていました。

 巣の上から自分で築き上げたダムを誇らしげに眺め、そして溜め池に飛び込んで背泳ぎを始めます。

 「ああ、魚もたくさん泳いでいるし、これだけの水があれば、一生遊んでも暮らせるぞ。ぼくって天才だ」

 その時、ビーバーのロックは黄色と黒の縞模様がみずもに映えるのを見て、慌てて水の中に姿を消しました。 トラのフセイルがやってきたのです。

 「おい!けちんぼのビーバー!姿を現せ!」

 トラは溜め池の周りをのし歩きながら、時折ゴロゴロと恐ろしいうなり声を上げます。

 ビーバーのロックは生きた心地がしませんでしたが、意を決して巣の上に上がり、フセイルの前に姿を現しました。

 「これはこれは、ジャングルの王様、こんな所にどんな御用でおいでで?」

 トラのフセイルは恐ろしい声で吠えました。

 「ジャングルの王様とはよくもぬけぬけと抜かしたな!知っておるぞ、お前が密かにライオンのジョージと通じ合い、水を献上していることをな!ライオンどもの後ろ立てがあるからといっていい気になるなよ!水を下流に流せ!さもないとこのダムを壊すぞ」

 「まってください、トラのだんな、それはあんまりです。そんな乱暴なことはしないでくださいよ。水ならここへ来てもらえれば、いくらでも飲んでいただいて結構ですから」

 「ライオンどもも、この溜め池に来るのだろう?俺は奴らが飲んでいる水に口をつけるのは死んでもいやなんだ」

 その時、ズシン、ズシンと地響きがしてフセイルが振り向くと、象のアーナンがやって来るのが見えます。

 「おう、そこを行くは象のアーナンじゃねえか」

 トラのフセイルは、スッとその鋭いトパーズの目を細めました。

 「何の用だ?」

 象のアーナンはダムを見渡すとパオーンと一声、吠えました。

 「なに、おおむねお前さんと同じ用向きで、そこのビーバー君に会いにきたのだよ」

  象はビーバーに向き直ると、諭すような口調で語りかけました。

  「サバンナでは水鳥やワニ、カバなどの動物たちが水が少なくなって困っておる。ただでさえ、このところの日照り続きで水が少ないんだ。ダムのほんの一部でいいから、崩して水の流れをよくしてもらえないだろうか?サバンナを水で潤してもらうわけにはいかないだろうか?」

 「その前に、象のだんな、この乱暴者のトラを追い払ってくれませんか?さっきからダムを壊すぞとわたしを脅すんですよ」

 ビーバーのその言葉を聞いて、トラのフセイルは烈火の如く怒り出しました。

 「この二枚舌のよくばりビーバーめ!俺様の牙で噛み砕かれたいか!」

 ビーバーは慌てて、溜め池の中に姿を消しました。

 象のアーナンはトラのフセイルをなだめます。

 「まあ、そういきり立つな、ジャングルの兄弟よ。こういう事は、きちんとした対話が大事なんだ。そうでもしないとまとまる話もまとまりはしない」

 ばさばさ・・という羽音と共に、アーナンの頭上でカーカーと鳴き声がしました。一羽の黒ガラスが舞い降りてきて象の耳元に止まります。それはカラスのフレアでした。

 「象のアーナン、そんな奴の事なんか相手にすることはないですよ。なにしろ、そいつは動物界、自然界の裏切り者ですから」

 トラは今度は、象の耳元に止まっている黒ガラスに向かって牙を剥きだし、吠えました。

 「黒ガラス!このライオンの手先め!象のアーナンの耳に何を吹き込むつもりだ?俺様が自然界の裏切り者だと!何の根拠があってそんなでたらめを言うんだ?」

 カラスのフレアは眼下のトラをあざ笑うかのように、「カー」と一声鳴きました。

 「何の根拠があって?とおっしゃいましたね。わたしは見たんですよ。あなたが銃を持った人間の漁師を殺し、その銃を人間ごとあなたのねぐらに隠すところをね!」

 「なんだと!それは本当か?」

 色めき立ったのは象のアーナンでした。ビーバーのロックも思いもかけない状況の変化に、溜め池から顔を出し、事の成り行きをじっと見ています。

 「フセイル、それは本当なのか?」

 トラのフセイルはかぶりを振りました。

 「人間を殺したのはそれは本当だ。でもそいつは猟師じゃなかった。だから銃なんて持ってなかったんだ。アーナンよ、そいつの言っていることはデタラメだ!」

 その時、「ガオオー」という雷鳴のような吠え声がしました。フセイルとアーナンが振り向くとライオンの王ジョージが、タテガミをなびかせ、のしのしとこちらに向かって歩いてきます。

 「デタラメかどうかは、動物協議会で証明することだ、トラの王よ」

 トラの王フセイルは、もの凄い顔をしてライオンのジョージをにらんでいました。それは今にもライオンに飛びかからんばかりの形相です。そんなトラの様子など意にも介さず、ライオンのジョージは続けました。

 「象のアーナンよ、動物協議会を招集してくれ。事は重大だ。そしてフセイルのねぐらを調査するんだ。フセイルよ、お前が疑惑を晴らすには、調査委員の徹底した調査を受け入れて、お前はそれに協力することだぞ」

 フセイルのトパーズ色の目が、怒りのあまり大きく見開かれました。

 「これはでっち上げだ!ライオンどもの陰謀だ!濡れ衣を着せて俺を吊し上げる気なんだ!俺は協議会にはでないぞ!」

 「しかし、フセイルよ。そんなことをすれば、お前の立場がこの先、どんどん不利になるだけだぞ」

  象のアーナンはフセイルを懸命になだめました。

 「せめてねぐらを解放して、調査委員のサルたちの調査を受け入れるのだ。お前が銃を隠し持っていなければ、疑惑は晴れるんだ」

 「おい、象のアーナンよ、勘弁してくれ。あんな汚らしいサルどもに、なぜ俺のねぐらを汚させにゃならんのだ」

  カラスのフレアが鳴き声を上げて騒ぎ始めました。

 「フセイルはやっぱり、銃を隠し持っているぞ!カーカー!」

 トラのフセイルは恐ろしいうなり声を上げて、カラスを威嚇しました。

 「このうそつきの馬鹿ガラスめ!そのクチバシが二度と動けないようにしてやる!こっちへ降りてこい!」

 ライオンのジョージは、そんなフセイルの様子を見て、内心密かにほくそ笑んでいます。

  「おい、トラのフセイル、本当の嘘つきはお前なんじゃないのか?やましいことが何もなければ、サルどもの調査ぐらい受け入れればいいだろう?フレアの言うとおり、やはりお前は銃を隠し持っているんじゃないのか?」

 ライオンのジョージはわかっているのです。この気位の高いトラが、決して自分のねぐらに他の動物を入れることは許さないだろうということを。そうしてトラの神経を逆なでして揺さぶり、彼を追いつめていくのが、このライオンのねらいだったのです。

 トラのフセイルはおもしろくありません。これがライオンの陰謀だということも、フセイルはわかっています。 だから、余計にはらわたの煮えくりかえる思いでした。

 本当は象のアーナンに「銃は確かにあった。届けるつもりだったが、途中で谷に落としてしまった」と一言、言えば済むことなのですが、怒りで頭に血が昇っているフセイルには、そのことには気づきません。ただ、ひたすら、カラスのフレアにうなり声を上げるだけでした。

 「おい、トラよ、協議会には出るのか?サルの調査は受けるのか?どうなんだ?」

 トラはライオンに吠えました。

 「協議会にはでない!サルどもの調査も受けない!これで満足か!ライオンの王様よう」

 象のアーナンはあわてて、トラのフセインをなだめにかかりました。

 「おい、トラのフセイル、ジャングルの兄弟よ。そんなことを言うもんじゃない。それじゃあ、お前さんが自然界から孤立してしまう。とりあえず、サルたちの調査は受けなくていいから、協議会にはでるんだ。そこで、ジョージやフレアの疑惑を、みんなの前で晴らすんだ。すべてはそこからだよ。よし、三年ぶりに動物協議会を開催することにするか」

 そして象のアーナンは、ビーバーの方に向き直りました。

 「おい、けちんぼのビーバー、お前さんもでるんだ。ことのついでに水のことも話し合おうじゃないか」

 

 会議はサバンナとジャングルのちょうど境目、大きな樫の木の下の広場で行われました。各地から、さまざまな動物の代表が集まってきます。

 北の森からは、狼の一族の頭領ブーチンがやってきました。熊の王シーラクの姿も見えます。サイのコータクはサバンナの南の果てからやってきました。水牛やキリン、シマウマなどの動物の姿も見えます。そんな中、ビーバーのロックはいやいやながら、会議場に象のアーナンに連れてこられてしまいました。動物たちの視線がいたいほどに突き刺さってきます。

 「ひどいよ、象のアーナン、まるで針のムシロに座らされた気分だ。ああ、狼のブーチンがすごい顔でにらんでる!あそこで舌なめずりをしているのはハイエナのコイジュンだ。会議が終わったらぼくを食べる気だろうか?ああ、生きた心地がしないよ。早く帰りたいよう」

  ライオンのジョージが鼻を鳴らします。

 「ふん、心配するな。ハイエナのコイジュンは俺様の子分みたいなもんだ、お前には一歩だって近づけさせやしないさ。それより、フセイルの奴はどうしたんだ?やっぱり銃を隠し持っているのがわかるのが恐くて、会議に出てこなかったな」

 カラスのフレアがジョージの肩にとまりました。

 「ちょうどいいじゃあないですか王様、あの忌々しいトラをやっつけるチャンスですよ。議題をこれまでの奴の悪行三昧に集中して、だから今回の件も銃を隠して良からぬ事をたくらんでいる・・・会議に出てこないのもそのためだ・・・このまま奴を放っておけばきっと増長して動物界、自然界に良くないことをしでかすだろう・・・ジャングルから奴を追い出そう・・・という具合に会議を進めるのですよ」

 ライオンは舌なめずりをして、カラスの提案に同意しました。そして思案を巡らしています。

 (奴は動物界の嫌われ者、奴のことをこころよく思っていない連中の方が多いから、奴をこの会議で悪者にすることは案外、うまくいくだろう。そしてあのトラをこの会議を機に動物界からしめだしてやるんだ・・・問題は狼のブーチンや、穏健派のサイのコータクだ。とくに堅物のブーチンは、そのことには強行に反対してくるだろうな)

 狼の一族は動物界では、ライオンの一族にも匹敵するほどの発言力がありました。ジョージはブーチンの一言で、この会議が彼の思惑から大きくはずれていくことを恐れているのです。

  よし、ブーチンにうまく根回しをしよう・・・そう考えた矢先でした。会議場がざわめいて、「トラだ」「トラのフセイルだ」という声があちこちから聞こえました。

 ジョージが振り向くと、なにやら筒のようなものをくわえてトラのフセイルが会議場にのしのし、と歩いてきます。フセイルは筒を会場の真ん中に置くと、恐ろしげな声で吠え、ライオンのジョージや象のアーナンの名を呼びました。

 「アーナン!アーナン!これが俺が殺した人間が持っていたもののすべてだ!ようく見てくれ!やい!馬鹿ガラス!見ているか!これのどこが銃に見えるんだ!お前の目ン玉はどこについているっていうんだ!おい!ジョージよ!ライオンの王様よ!これでどうなんだ!もうこれで満足したか!まだ何か俺に文句があるというのかね!」

 その筒は歩兵が持っていたバズーカ砲でした。動物たちはバズーカ砲を見るのは初めてです。当然、それが何なのかわかりません。好奇心の強いサルたちが「ウキー」と鳴きながら寄ってきました。協議会の調査委員のサルたちです。

 カラスのフレアがカーカーと騒ぎだしました。

 「嘘だ!トラのフセイルは嘘を言っているんだ!奴が殺した人間は確かに銃を持っていたんだ!わたしは確かにこの目で見たんだぞ!」

 ライオンのジョージも吠えました。

 「やはり、フセイルは銃を隠し持っているぞ!調査委員のサルたちの調査を受け入れないのが、何よりの証拠だ!だいたい、このトラは水辺に水を飲みに来ていた七頭の子鹿を一匹残らず、惨殺したことがあるんだ。動物協定では子供の草食獣は襲ってはいけないということになっているにも関わらずにだ。まだあるぞ、こいつは人間界に勝手に入って行って、家畜を殺しているというじゃないか!これも協定違反だ。家畜などの野生化していない動物は無力だから、襲わないという約束事になっているはずじゃないか。こいつは協定違反をことごとく犯しているぞ!こんな奴をのさばらせておいてはいけない!トラのフセイルをこの動物界から即刻追放することを提案する!」

 ジョージのその提案を聞いたとたん、トラのフセイルが怒りを爆発させました。

 「本音がでたな!ライオンのジョージよ!銃にかこつけて俺を動物界からしめだすのが、お前の狙いなんだ!お前たちライオンの一族はいつだってそうだ!これまでだって気に入らない奴は自然界から抹殺するか、やっつけて自分たちの配下にしてきた。ハイエナやリカオンどもがそのいい先例だ。今度は俺様というわけだな!」

 そして肩をいからせ、恐ろしい眼光もあらわにライオンの王に詰め寄ります。

 象のアーナンが慌ててトラのフセイルを制止しました。

 「こら、ジャングルの兄弟、この会議の場での決闘は許さんぞ!お前たちの言い分はよく分かったから、今は怒りを抑えるんだ。おい、他の動物たちはどうだ?なにか意見はあるか?熊のシーラク、お前さんはどうだ?そもそも、見つけた銃をわしの所へ持ってくるという協定ができたのは、お前さんが事の発端だからな。お前さんの意見を聞かせてくれ」

 熊のシーラクが事の発端・・・というのは、以前、森に迷い込んだ猟師を熊のシーラクが殺したことがあり、その猟師の持っていた銃をシーラクがしばらくの間、持っていました。そして仲間の動物たちに会っては自慢げに見せていたのです。ある日、湖で白鳥のムルーロに会い、それを例のごとく自慢げに見せていたところ、熊のシーラクは誤って銃を暴発させてしまいました。白鳥のムルーロは銃弾に当たってしまい哀れ即死でした。

 当然、動物界では大問題になり、協議の結果、銃は見つけ次第、動物協議会の預かりということになりました。 必然的に協議会の委員長たる象のアーナンの所へ持っていこう・・・ということになったのです。

 動物が人間の銃を使って他の動物を殺すことは、自然界の掟に反する行為でした。その協定は自然界の調和を保つためにできた協定だったのです。当然、この協定違反を犯したものは、他の協定違反より罪が重くなりました。自然界や動物界からの追放、もしくは抹殺・・・熊のシーラクは初めてだったこともあり、また本人がいたく反省したことから、その罪は免れましたが、同じ過ちを他の動物に犯してほしくない彼としては、トラのフセイルがもし本当に銃を隠し持っているならば、正直にこの会議の場にだしてほしい思いでした。

 熊のシーラクは他の動物たち同様、トラのフセイルのことは好きではありません。しかし、彼にはもっと気に入らない動物がいました。

 ライオンのジョージです。

 シーラクが銃を暴発させてしまい、誤って白鳥のムルーロを死なせてしまった時、ジョージは協議会の場で「シーラクを追放しろ!」と象のアーナンに迫っていました。 幸いにも同調者が少なかったため、追放は免れたのですが、シーラクは今でもあの会議の時のことを根に持っていました。だから、フセイルの言った「お前たちライオンはいつも気に入らない奴は抹殺するか、やっつけて配下にしてきた」ということもよくわかるのです。

 熊のシーラクは口を開きました。

  「トラのフセイルは確かに協定違反を数多く犯してきた。しかし、銃を隠しているかどうかも、まだわからないうちに動物界から追放するというのはどういうものかね?もう少し事態がはっきりするまで待つべきじゃあないかね?それともライオンの王様よう、何かこの会議でフセイルを追放する決議を、どうしてもとらなけりゃいけないわけでもあるのかね?」

 ライオンのジョージは少し鼻白みました。

 「わけだって?このトラをこれ以上、野放しにしておけば、自然界にとってよくないことは、もはや明白じゃないか?これ以上のわけなんかどこにあるっていうんだ?」

 その時、狼のブーチンが口を開きました。

「持っているだの、持っていないだの、わけはなんだだの、さっきから水かけ論ばかりじゃないか。おいトラのフセイルよ、ねぐらをサルに汚されたくない気持ちはわかるが、もうサルたちに調査をしてもらって、ジョージやフレアの疑惑を晴らしてしまえよ。いいじゃないか、疑惑が晴れればすべては一件落着なんだから」

 トラは不満そうに鼻を鳴らしました。

 「お前はそう言うがな、実際いやなものだぞ、他の動物にねぐらを見られるというのは・・・それに、じつのところ俺は、サルどもをねぐらに入れるのは確かにいやなんだが、そのこと自体にこだわっているんじゃあない。あらぬ疑いをかけられて、まるで罪人のようにその決定に従わなきゃいけないことがいやなんだ」

 そしてライオンのジョージや、カラスのフレアを恐ろしい顔でにらみます。こうなったのも全部お前らのせいだと言わんばかりです。

 「ハイエナのコイジュンは?何か意見はあるか?」

 象のアーナンに水を向けられてハイエナのコイジュンは一瞬、ライオンのジョージの顔色を窺うような仕草をしました。そして卑屈な表情でこう答えました。

 「ライオンのジョージ兄貴の言う通りだと思うぜ、奴は銃を隠していると思うぜ、早くそいつを自然界から追放しちまおうぜ」

  他の動物たちは呆れて、彼には何も言いませんでした。トラのフセイルでさえ、冷めた表情でコイジュンから視線を外しています。お前など相手にしないぞといわんばかりの表情です。

 かつてリカオンの一族と共に、ライオンの帝国と戦った、誇り高きサバンナの戦士の面影はどこにもありません。ライオンたちに敗れてからの彼らは、完全にライオンの手下に成り下がってしまった感があります。

 ライオンのジョージは、ハイエナの子分の意見に満足げです。

 「さすがはハイエナの頭領、分別のある意見だぜ。それよりみんな聞いたか!トラのフセイルの言いぶんを!ねぐらを見られるのがいやだの、協議会の決定に従うのがいやだの、ずいぶんと勝手わがままな言いぶんじゃないか!そんないいわけで協議会の調査を免れようとしたってそうはいかんぞ!おい、象のアーナン。委員長の権限でこいつのねぐらを強制調査するんだ。それをこいつが受け入れないのなら、動物界から永久追放だ!」

 トラのフセイルは、ライオンに対する憎しみを込めて歯ぎしりをしました。象のアーナンは、困った表情を浮かべてフセイルに意見を求めます。

 「ライオンのジョージはああ言っているが・・・調査を受け入れる気はあるかね?トラのフセイルよ?」

 トラのフセイルは声を荒げました。

 「俺はサルどもの調査を受け入れる気はない!動物界からの追放もご免だ!」

 ライオンのジョージも怒声を発します。

 「なんだと!なんて自分勝手な奴なんだ!自然界の掟をなんだと思ってやがる!」

 「ふん、知るか!俺は銃なんて持ってないし、追放されるようないわれもない!」

 「なら、サルどもの調査を受け入れろ!」

 「いやだ!お前の指図は受けん!」

 「なんだと!このきかん坊のトラめ!」

 「だまれ、傲慢なライオンめ!協議会が貴様のいいようになると思っていたら、大間違いだぞ!」

 「・・・・!」

 「・・・・!」

 トラとライオンの言い争いは延々と続きます。二頭の猛獣が、もの凄い吠え声を上げながらの言い争いですから、凄まじい迫力です。

 たまりかねて象のアーナンが二頭の仲裁に入りました。

 「もうやめろ!お前たちの吠え声で耳がどうかなってしまいそうだ。これはわしの個人的な意見だが、やはりフセイルは、調査委員のサルたちの調査に協力すべきだと思うぞ。しかし、フセイルの言い分や気持ちもわからんでもない。うむ、どうすべきかな?」

  ライオンのジョージが舌なめずりをしました。目がすわっています。いつものジョージとは様子が違うようです。

 「どうすべきもへったくれもないぜ、象のアーナンよう、トラのフセイルが言うことを聞かねえんだから、しょうがねえよなあ・・・協議会がどうしてもこいつをもてあますっていうなら、ライオンの一族の長として提案があるぜ。トラのフセイルが協議会の調査を三日以内に受け入れない場合、われらライオンはトラのフセイルを動物界から追放するため、ジャングルを攻める!そして・・・このトラを狩り出してやる!」

 集まった動物たちは騒然となりました。

 「なんだって!」

 「いかん、ジョージそれはいかんぞ!」

  象のアーナンが必死でジョージを説得します。

 「そんなことをしたら、動物界の平和や秩序が乱れてしまう。協議会としてはそんなことは絶対に認めるわけにはいかん」

 狼のブーチンがガルル!とうなり声をあげます。

「やっぱりか!やっぱりライオンは最後はそれか!おい、ライオンのジョージ、それだけはやめるんだ!それは協定違反だぞ!しかもトラのフセイルは一頭、それをおまえたちライオンがよってたかって狩り出すなんて!そんなことは俺たち狼は絶対に許すわけにはいかんぞ!」

 トラのフセイルが獰猛な目つきで前へ進み出て、そして狼のブーチンを制します。

「ブーチン、これは俺様とジョージの問題だ。お前さんは引っ込んでてもらおう・・・やい、ライオンのジョージ!俺様に向かってなんと抜かしやがった?ジャングルを攻めるだと?そして俺様を狩り出すだと?おもしれえじゃねえか!なんなら今すぐここでやってもいいんだぞ!」

 「だまれ、動物界のはみだし者め!貴様が協議会に従いさえすれば、そんなことをする必要はないんだぞ!」 トラとライオンは再び猛烈な吠え声をあげ、互いにのししり合いを始めました。

 象のアーナンは頭を抱えます。 

「二頭とも、もういい加減にしてくれ。ここに集まってくれた諸君、誰かいい妙案はないか?このままでは二頭の決闘が始まってしまう」

「いいじゃないか、象のアーナン、二頭に決闘をさせても」

 口を開いたのはサイのコータクでした。

「なに?」

「何を言っているんだ?正気か、サイのコータク?」

 動物たちがざわめきます。サイのコータクは前へ進み出ました。

「確か、動物たちの間でもめ事が起り、協議会の場でもそのもめ事の決着がつかなかった場合、一対一の決闘で決着をつける事になっているはずだ。この場合、勝負事はなんでもいいが、こいつらについては血で血を洗う闘いになりそうだな。どちらかが死ぬまでやらせるわけにはいかないから、わしかアーナンが適当な所で止めればよい。この場合、ライオンのジョージが勝った場合、トラのフセイルが調査を受け入れる、トラのフセイルが勝った場合、ライオンのジョージとカラスのフレアはこの件から一切、手を引くということでどうだ?」

 会議場がシーンと静まりました。思いがけない話の展開に動物たちは呆気にとられている感があります。

 「ト、トラとライオンの決闘だって!?」

 たまりかねたように、誰かが声を上げました。それがきっかけとなって会議場は騒然となります。

 「トラとライオンが一対一で闘うなんて、自然界が始まって以来、初めてじゃないか」

 「すごいことになったぞ!」

 「いったい、どちらが勝つのだ?」

 「見たい!絶対に見たいぞ!」

 象のアーナンがパオーン!と声を張り上げます。

 「静粛に!みんな静粛に!サイのコータクはああ言っているが、二頭とも、なにか異存はあるか?」

 「おう、異存はない!望むところだぜ!」

 トラのフセイルは我が意を得たり、とばかりの表情で獰猛に言い放ちました。

 しかし、ライオンのジョージはとみると・・・なんとも複雑そうです。自分の思惑が、これほど外れるとは思わなかったのでしょう。思わぬ展開に困惑している様子です。  

 「そうだ、それが一番いい!一対一の決闘ですべての決着がつくなら、動物間の戦争にならなくて済むし、なにより会議の場で、誹謗中傷しあうよりはよっぽどましってもんだ。正直、俺はそういう会議にうんざりしていたんだ。同じ動物としてそのほうが気持ちがいいよ。おいライオンのジョージ、さっきから黙っているが、お前も別に異存はないだろ?」

 狼のブーチンです。ジョージにはブーチンの言葉が皮肉に聞こえます。顔をそむけ、密かに舌打ちをしながら(北の餓狼め!本当に餓えて死んでしまえ!)と心の内で狼の頭領を罵倒ました。

 動物たちの注目が、一斉にライオンのジョージに集まっています。ここで弱気なところを見せるわけにはいきません。ジョージは半ばやけくそ気味に「おもしれえ!やってやろうじゃねえか!」と吠えました。動物たちの歓声が上がります。

 そして象のアーナンが高らかに宣言しました。

 「よし、決定だ!決闘は三日後の正午、この広場で行うこととする。他の動物たちは二頭のいかなる助太刀もあいならん!両者の決闘を決着がつくまで、あくまで見届けるのだ。なお決着がついた場合だが・・・サイのコータクの提案に少し修正を加えよう。ジョージが勝った場合はフセイルはねぐらの調査を受け入れる、これは変わらない。しかしフセイルが勝った場合、銃の疑惑については、協議会そのものがその追求から手を引くことにしよう・・・みんな異存はないか?」

 するとカラスのフレアがカーカーと騒ぎだしました。

 「協議会そのものが、フセイルから手を引くって?そんな、こいつは確かに銃を持っているのですよ、わたしは確かにこの目で見ているんですよ」

 象のアーナンは笑いました。

 「仮にそうだとしたって・・・ライオンを倒せるほどの猛獣が銃なんて必要とするかね?彼は持ってないと言っているんだから、そう信じるしかないじゃないか?まあ、わしらは同じ自然界の仲間だ。信頼でいこうよ、信頼で」

 

 会議が終わった後、ほっと胸を撫で下ろした動物がいます。

 ビーバーのロックです。

 彼は会議の最中「トラとライオンの決闘」が決定した流れで、完全に忘れ去られていました。そしてロックは会議が終わった後、いちもくさんに近くの川に飛び込み、上流を目指しました。水の少ないこの川の上流には彼の巣やダムがあるのです。

 川岸からは象のアーナンの「パオーン」という鳴き声が聞こえます。「おい!ビーバー!戻ってこい!」と叫んでいるようです。

 ビーバーのロックは全速力で泳ぎます。そして途中で背泳ぎに切り替えて、象のアーナンに「バイバイ」と手を振ります。

 「ハハ、忘れていたアーナンが悪いんだ。僕はもう、巣に帰らせてもらうよう。それにしてもトラとライオンの一騎打ちだなんて・・・見に行きたいけど、また象のアーナンに捕まっては元も子もないからなあ。このまましばらく、巣に籠もらせてもらうとするか」

 ビーバーのロックはけして水量の多くない川を、上流を目指して遡っていきました。

 

 ライオンのジョージは、岩場の上で憤懣やるかない様子です。

 「くそ、なんでこんなことになったんだ?」

 岩場をいったりきたり・・・落ち着く様子はありません。三日後に控えたトラのフセイルとの一騎打ち・・・それがライオンの王を精神的に追いつめているようです。

 ジョージの側近、雌ライオンのライズがやってきて報告します。

 「王様、元国王のクリキントン様から激励の言葉が届いています。”ライオン族の誇りを汚さないようにがんばれ”とのことです」

 「わかった、わかった!クリキントンに伝えろ・・・よけいなお世話だ!おまえはすっ込んでいろ!・・とな」

もう、下がれ!と一喝されて、ライズは引き下がっていきます。

カラスのフレアが舞い降りてきて、ジョージの肩にとまりました。      

「王様、王様、これはサイのコータクの陰謀ですよ。奴が王様とフセイルの一騎打ちを提案してそれが協議会で決定したとき、奴はニヤリと笑ったんですよ。わたしは確かにこの目で見たんですから」

 ライオンのジョージは声を荒げました。

 「お前の”この目で見た”はもういい!あっちへいけ!馬鹿ガラス!」

 カラスのフレアはびっくりして「カー」と叫び飛んでいってしまいました。

 それでもジョージは考えます。あのコータクなら、それもありうるな・・・と。

 (奴らサイの一族は、近い将来、必ず叩いておかなければならない敵・・・と俺の親父が言っていたっけな。ああ見えて、意外に油断のならないやつらだ)

サバンナの覇権を握りつつあるライオンの一族に、彼が面白くない感情を抱いていることは確かなようです。 これは奴には今後、注意する必要があるぞ・・・とジョージは密かにコータクに対する警戒心を強めました。

 雌ライオンのロールがやってきました。彼女はジョージの正妻です。

「あなた、ライズから聞いたわよ。ずいぶん、イライラしている様子ね。一体、どうしたというの?」

 「おう、ロール、愛しの妻よ。なんでもないさ。ただ、今朝からタテガミに虫がまぎれ込んで、かゆいだけなんだ」

 妻のロールは心配そうな様子で、ジョージの顔をのぞき込みます。

 「あなた、トラのフセイルとの一騎打ちのことで、ナーバスになっているのね。あなたなら大丈夫よ。前の王クリキントンを倒して、初めてライオンの王になった時のあなたはあんなに強かったじゃないの?トラなんて、王国をかけて戦う雄ライオンの比じゃないわ。絶対にあなたの方が強いわよ」

 「・・・そう思うか?ロール?」

 「そう思うわよ。もっと自信を持って、あなた」    妻のロールに励まされて、ジョージは少し落ち着きを取り戻しました。

 しかしジョージは、トラとライオンの生態の違いもよくわかっていました。

 トラは天涯孤独、繁殖の時期以外は常に一頭で生活します。当然、獲物をとる時でも一頭で狩りをします。気性も荒く、時には象にさえ襲いかかることもあるトラは、恐れというものを知りません。

 逆にライオンは群れ動物です。獲物をとる時は常に群れで行動します(しかも主力はほとんど雌)。チームワークは優れていますが、トラのように一対一で猛獣と戦うことはまれです。ただ、プライドと呼ばれる群れのリーダーを決める、雄どうしの争いは熾烈です。

 ましてや、ライオンの王国の国王であるジョージは、サバンナで最強の雄ライオンと言っていいでしょう。トラのフセイルにはなんら、ひけをとるものではないはずです。

 「ロール、笑ってくれるなよ。正直俺は恐いのだ」

 ライオンの王は静かな口調で、妻に今の心境を告白しました。

 「笑わないわ、相手はあのフセイルですもの」

 「いや、フセイルが恐いんじゃない。俺が負ければ、栄えあるライオンの帝国の名が失墜してしまうのではないかと・・・俺はそれを恐れているんだ」

 「あら、どういうこと?」

 「・・・ロールよ、その昔、サバンナはライオンや象が平和に動物たちを統治する、この世の楽園だった」

 「あら、それは今もかわらないわ」

 「ところが一度だけ、乱世の時代があったのだ。ライオンや象の統治に不満を持つリカオンどもが、残虐な頭領ヒントラーを中心に反旗をひるがえし、他の動物たちを狩りとは関係なく、虐殺し始めたのだ」

 「・・・まあ」

 「そしてリカオンどもは、当時ライオンと敵対関係にあったハイエナどもと同盟を結び、ライオンの王国にも戦争を仕掛けてきた」

 「一体、なぜ?」

 「水だよ、水場を我らライオンが、あまりにも独占しすぎていたんだ」

 「今は協議会の運営で水場は平等ですものね」

 ロールの指摘はしかし、現実には違いました。ビーバーたちが川を堰き止めたため、水場の水は少なくなり、ビーバーのその溜め池で水を飲めるのはライオンだけなのです。

 「戦争は熾烈を極めたが、わしのお祖父さんルースヘルドがヒントラーの頭を噛み砕き、戦争は終わった。戦後、二度と動物界に戦争が起きないようにとできたのが、動物協議会というわけさ」

 そして、遠くのサバンナの地平線を見渡します。

 「我ら、ライオンの一族はこれまでずっと、動物界の平和を守ってきた。祖父ルースヘルド以来の栄光の歴史があるのだ。そして我らはこれからも、動物界の平和を守る一族であり続けるであろう。俺は負けるわけにはいかん!トラ如きに不覚などとるものか!見ているがいい!そして歴代のライオンの王たちも天国からご照覧あれ!奴との一騎打ちは俺が勝つ!」

 ウオー!とライオンの王は一声、雷鳴のような吠え声をサバンナの彼方まで響かせました。まるで遥か東の、ジャングルの王のもとまで届けと言わんばかりに・・・。

   

 トラとライオンの決闘を控えた広場では、フセイルの持ち込んだ筒に調査委員のサルたちが群がり、これは何だろうと調査が続いています。好奇心の強いサルたちでさえ、その扱いはよくわからない様子です。サルのリーダーはしきりに首をかしげています。

 「一体これは?人間どもはこれを何に使うのだ?」

 

 そして三日後・・・ついに決戦の日はやってきました。

  動物たちが次々と広場に集まってきます。広場の真ん中には象のアーナンの巨体がたたずみ、ジャングル側の広場の東にはトラのフセイルが「ゴロゴロ」と唸り声を上げながら、広場をあっちへ行ったり、こっちへ来たりと落ち着かない様子でウロウロとしています。

 そして時折「オフーン」と吠え、「ライオンのジョージはまだか!?」と声を荒げます。

 「約束の時間になっても、奴はまだ現れないか!さてはこの俺様に臆したな?」

 そしてフン・・・と鼻を鳴らします。

 「しょせんはライオンだな、仲間がいなければ何もできない奴らよ。ひきかえ、トラは違う。常に孤高に生き、戦う時も常に一頭だ。俺様こそ猛獣の中の猛獣、ライオンなんぞ、ものの数ではないわ!」

 そして一声「グアー」と牙を見せながら吠え、恐ろしい顔で広場に集まった動物たちを威嚇しました。小動物や中型の草食獣たちは震え上がります。

 「おいトラよ!誰がものの数ではないだと!」

 雷鳴のような声がして、動物たちが一斉に振り向くと、サバンナの彼方から一頭のライオンが姿をあらわし、ゆっくりとこちらに向かってきます。ライオンのジョージです。

 タテガミを風になびかせ、その目はしっかりとトラのフセイルを見据えています。

 フセイルはまた「フン」と鼻を鳴らしました。

 「遅かったな。俺様をじらす作戦か?相変わらず、せこい陰謀をたくらむ奴だ。あいにくその手には乗らんぞ」

 そして舌なめずりをして広場の真ん中に躍り出ます。

 「さあこいよ、ライオンの王様よう、どちらが百獣の王にふさわしいか、決着をつけようじゃねえか」

  

 広場の片隅では、相変わらずサルたちが、フセイルの持ち込んだ筒に群がっています。

 しかし、いよいよトラとライオンの対決が始まるということで、サルたちの注目が、いっせいにそちらへ集まりました。大人のサルたちが目を離した隙に、子ザルたちが筒で遊び始めます。

 やがて子ザルたちは面白い遊びを思いつきました。近くには岩があり、その岩に筒を立てかけて滑り台のようにして遊ぶのです。そして子ザルたちは力を合わせ、筒を岩まで運び始めました。大人のサルたちはトラとライオンの対決に夢中で子ザルたちの様子には気づきません。

 滑り台が完成すると子ザルたちは「ウキャキャ」とはしゃぎ、岩の上から筒をつたい、滑り始めました。子ザルたちは楽しげです。トラとライオンの対決よりこちらの遊びに夢中になっています。

 その滑り台は・・・バズーカ砲でした。人間たちが戦争で戦車を破壊するために、歩兵が携帯できるよう開発された兵器・・・その砲口は岩を台にして上に向けられています。

 そして一匹の子ザルが滑りおりた時、子ザルの腕がバズーカ砲のトリガーに引っ掛かりました。 

 次の瞬間!

 「ドカーン!!!」

 凄まじい爆音が広場に響き渡りました。遠くサバンナやジャングルの果てまでこだまするかのような、大きな爆音でした。動物たちはパニックになります。象のアーナンでさえ、びっくりしてその場にしゃがみこんでしまいました。

 バズーカ砲の砲弾は放物線を描き、川の上流の方まで飛んでいきます。

 そして・・・その音がまるで合図であったかのように、トラとライオンの世紀の対決が始まったのです。

 

 ビーバーのロックはいつものように溜め池で泳いでいました。そしてはるか南の方角から、例の爆音を聞いたのです。

 一体、なんだ?と思ったのもつかの間、何かがこちらにすごい速度で飛んでくるのが見えます。ビーバーのロックがその正体を確かめるべく、目を凝らして見ていると・・・「ああっ!まずい!」ロックは慌てて、溜め池の中に姿を消しました。そして次の瞬間、その飛行物体はダムに命中し、ダムは決壊してしまいました。そして大量の水が川に溢れ出たのです。

 

  「水だ!水がくるぞ!」

 誰かが叫びました。大量の水が洪水のように川を下ってくるのが見えます。このままでは広場にまで溢れ出てきそうです。

 「・・・・?一体、なにが起こったのだ?」

 象のアーナンは首をかしげます。どうやら、フセイルが広場に持ち込んだあの筒が全てに関係しているようです。

 「みんな!とにかく高いところに避難しろ!」

 アーナンは広場に集まった動物たちに指示を出しました。そして数秒後、広場の近くの川は溢れ、そして洪水が押し寄せてきました。

 

 その凄まじい音が鳴り響いたのは、トラとライオンの距離が、一歩踏み出せば相手を噛み砕けるほどに近い距離に縮まった時でした。

 「ドカーン!!!」その音に最初にひるんで隙を見せたのはライオンのほうでした。

 トラがその隙を見逃すはずもありません。「シャア!」と牙を剥きだし、ライオンの首筋めがけて襲いかかります。

 しかし、ライオンの首の周りにはタテガミがありました。それが邪魔をして致命傷を与えることはできません。もともと雄ライオンのタテガミは、決闘を繰り返す彼らだからこそ、発達してきたものでした。それは急所を保護する役割があるのです。

 それでもトラは怯まず、ライオンに対する攻撃の手を緩めません。執拗にライオンの急所を狙って牙を剥きます。ライオンは最初は防戦一方でしたが、「ウオー」と吠え、反撃を試みます。やがて両者の前足ががっちりと組み手四つになりました。二頭の猛獣の頭が徐々に下がっていきます。

 そして・・・組み敷かれたのはトラのほうでした。ライオンの肩の高さはトラより数十センチ高く、両者の力が同じ場合やはり肩が高いほうが、組み合った場合に有利になるのです。

 ライオンはすごい力でトラを抑えつけます。トラの首筋は目鼻の先、噛みつけばライオンの勝利ですが、トラも抑えられながら下からライオンの首を狙っています。この極めて近い距離で喉元に食いつかれれば、いくらライオンにタテガミがあるといっても致命傷です。こうして膠着状態がしばらく続いた時でした。

 「水だ!水がくるぞ!」

 そしてあっという間に広場に水が押し寄せ、二頭の猛獣は押し流されてしまいました。

 

 ライオンのジョージは水の中でもがいていました。ライオンはカナヅチです。他の動物のようにうまく泳ぐことはできません。「助けてくれ!」

 ジョージはライオンの王です。こんな情けない声は誰にも聞かせられません。

 その時、誰かがジョージの肩をつかみ、力強い泳ぎでジョージを助けた者がいました。

 ジョージがその動物は誰なんだと肩越しにみやると・・・それはなんと、トラのフセイルでした。トラは泳ぎは上手です。川に入り、魚や時には小型のワニさえ補食することがあるくらいです。

 「フセイル、お前・・・」

 トラは無愛想に答えます。

 「勘違いするな。俺はお前との決着をつけたいだけなんだ。とりあえず今日のところはおあずけだが、みていろ、次やったら俺が勝つ!」

 そしてポツンとつぶやきました。

 「しかし・・・強いなお前・・・さすがライオンの王だ」

 ジョージはかぶりを振ります。

 「なんの、お前こそ、さすがジャングルの王だ。次にやったら、本当にどうなるのかわからない・・・しかし、これは一体どういうことだ?この水は一体、どこからきたというのだろう?」

 「知るか。大方、ビーバーのロックがヘマをやらかして、ダムが壊れたんだろう」  

 「それにしても、なんという水量だ。これがロックのダムからきた水だとすると、奴はなんととてつもない量の水を貯め込んでいたことになるな」

 「それもこれも、お前たちライオンが悪いんだぞ。奴らを手厚く保護なんぞするから、こうしてつけあがった真似をするようになるんだ」

  ライオンのジョージは考えています。

  「フセイルよ、最前から俺は考えていたんだが・・・なぜ、我々生き物は争いをやめることができないのであろうな」

 フセイルは心外な顔つきでジョージを見ます。

 「はあ?溺れて頭でもおかしくなったか?」

 ジョージはフッと笑います。

「そうかもしれん。ただ、これだけの水をみんなが平等に分け合えさえすれば・・・少しは争いが減るのではないかと思ったのだ。みんなで分け合えるものを、一部のものだけが独占するのはやはり矛盾をはらむ。この世界は確かに弱肉強食だが、無用な争いはやはり少しでも減らしたほうがいいだろう?無駄な欲望は捨ててもいいと思うようになったのだ」

「・・・・」

「フセイルよ、お前はどう思う?」

 フセイルはしばらく口を開きませんでした。泳ぎに夢中になっています。それはフセイルなりに何かを考えているようにも見えました。やがてポツリと言葉をこぼします。

 「よもや、お前の口からそんな言葉が出ようとはな・・・しかし・・・その考えは俺は別に嫌いではないぞ」

 そしてフンと鼻をならし、水を力強くかき分けていきます。

 「もうすぐ岸だ!おいライオン、お前本当に泳ぎが下手だな。あの象のアーナンだってもう少しまともに泳げるんだぞ。なに?ウソだ?本当だよ、奴は海を泳いで渡りきったこともあるんだ。いや、本当だって、本人がそう言っていたんだから間違いない・・・・やっぱりウソか?」

 

  象のアーナンは、洪水に流されまいと必死で踏ん張っていました。

 その時流されていく小動物を発見し、アーナンは慌ててその動物を鼻で拾い上げました。

 見るとそれは・・・ビーバーのロックでした。

 「なんだ、お前か。ビーバーは泳げるから、なにも慌てることはなかったな」

 ビーバーは泣いています。

 「アーナン聞いてくれよ。何か恐ろしいものが飛んできて、ぼくのダムが壊れちゃったんだ。せっかく苦労してあそこまで造ったのに・・・すべてが水の泡だよ」

 象はビーバーをなだめます。

 「泣くなビーバーよ。形あるものはいつかは壊れるものさ。また造ればいいじゃないか。しかしこれでサバンナの動物たちは救われた。ビーバーよ、これに懲りてもうあまりでかいダムを造って他の動物たちを困らせるんじゃないぞ」

 そして泣きじゃくるビーバーを頭の上にちょこんと乗せます。

 また、一頭の動物が流されていくのが見えます。よく見ると、どうやらハイエナのようです。

 「あれは・・・ハイエナのコイジュンだ!」

 ビーバーのロックが叫びます。

 逆さまになり、足をばたつかせながら、いずこともなく流されていきます。

 「・・・あいつ、あのままどこまで流されていくんだろう?」

 「大丈夫かな?」

  「たぶん大丈夫だろう。そろそろ、水の流れも落ち着いてきたことだしな。それにしても凄い水量だ。お前よくこれだけの水を貯め込んだものだなあ・・・おや?これはなんだ?」

 象のアーナンは水中で何かを発見したようです。それは見覚えのあるものでした。過去、多くの動物たちが自分のところに持ってきたもの・・・アーナンが鼻で拾い上げるとそれは・・・?

  「あっ!」

 ビーバーのロックが短く叫び声を上げました。

 象はそれを高々と掲げあげます。そしてつぶやきました。

 「あれ?これは・・・銃だ」

 

 

 サバンナの水場には数日ぶりに水が溢れかえりました。水鳥たちが羽ばたき、祝福のダンスを踊っています。カバやワニたちは喜びに満ちた表情で、みな一様に顔がほころんでいます。水辺にはヌーやシマウマ、水牛などの動物たちが集まり、のどを潤しています。そして象は鼻で水遊び・・・こうしてサバンナにかつての水場の風景がよみがえりました。

  このお話はいつの時代のことか定かではありません。まだ密林が山野を覆い、サバンナに大小様々な動物たちが群れをなし草を食んでおりました。そして水辺に無数の水鳥たち・・・このお話は、そんな大自然の中で、多くの生き物が豊かに暮らしていた頃のお話なのです。

 

 

 これはなんちゃって童話です。実在の人物、団体等とはいっさい関係はありません。また、トラとライオンとビーバーの生息域はまったく違う・・・というようなつっこみは、いっさい無用に願います。なにしろこれは、なんちゃって童話なのですから・・・。

 

 

                            終わり             

EK

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