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 赤いコンクリートの路が縦横に交差するスラム街は、土地勘のない人間が入れば迷路に迷いこんだ錯覚に陥ってしまうだろう。どこが表通でどこが裏道かわからない。古びたビルは、かつて戦火にみまわれ、破壊された姿もそのままに黒々と林立している。そんなスラム街をユウキは、勝手知った自分の庭のように駆け抜けていく。

 最初の店の前にトラックを止めて降りた時、ふわりと足下がおぼつかないものを自覚した。ただそれはいつもの感覚だった。

ヴァルハラの中央部の地下には、強力な磁場の発生装置がある。かつて人類が地球に住んでいたころの重力に合わせて、設置されたものだった。火星の重力は地球のおよそ三分の一である。テラフォーミングが進み、火星に人類が住み始めた頃、人々はその地球とは異なる環境に苦しんだ。低重力の影響で世代を重ねるごとに奇形が生まれ、あるものは巨大化し、またあるものは耳や腕や足など体の一部が肥大化した。そして寿命も短くなり、様々な病気に苦しんだ。

 その難問に人類は二つの道を選択した。

 一つは体を人工物に造り替えること。

 一つは広大な範囲に磁場を発生させる装置を造ること。

火星の七つの都市国家は、その磁場発生装置を地下に埋め込み、体の人工化を選択しなかった人々が暮らした。しかし磁場の範囲にもばらつきがあった。

 中心部から離れ、ドーナツ状に広がるこのスラム街には、ユウキの住むエリアほどに重力がおよんでいないのである。

だから、一定の浮力で走行するホバー式のトラックから、この辺りの土を踏みしめれば、どうしても違和感が生じるのだ。

 トラックには、果物や芋類、そして簡単なおやつなどが積み込まれていた。

 商品は主にスラム街に点在する生成食料品店に卸す。知りあいに出会えば直に売ることもある。特に芋をふかしただけのおやつは、スラム街の子どもたちには人気があった。

昼を過ぎたころ、ユウキはビルの谷間にトラックを止めて、ノルンが作った弁当を食べた。

卸すところはあと数件。ユウキが扱う商品は、日持ちのするものばかりだった。だから早朝にすべての店を回りきる必要もないので、ある面ユウキは助かっていた。

ただ、ユウキが仕入れている芋や果物は、遠くヨツンヘイムまで行かなければ手に入らない。

 ヨツンヘイム郊外で農業を営む「巨人」と呼ばれる人々から直接仕入れるのだが、荷物の運び込み、定期便の手配など手間のかかる仕事が多かった。

 「巨人」たちの農場からヨツンヘイム郊外までは、彼らの手を借りれば荷物は運べた。しかし定期便の発着所までは、民間の輸送屋をつかまえて運んでもらうしかない。なぜ

なら彼らは、市街地に入ることを極端に嫌っていたからである。

市街地に住む人々の自分たちに対する偏見や蔑視を、彼らはよく知り抜いているのだ。

しかし幼かったユウキが、そのことを理解するのには時間がかかった。

彼らとの交易を再開した当時、ユウキは彼らが市街に入るのを拒むのを見てやや苛立ちを覚えた。これだけの荷物、彼らなら簡単に運べるはず…手伝ってくれてもいいのに…とも思ったものだった。

ユウキの父は生前、彼らと交易を結び、今の商売を成り立たせた。その遺産を引き継いだユウキには「巨人」たちに対する偏見や蔑視など微塵もない。むしろ彼らは、孤児になったユウキの面倒をよくみてくれた。だから彼らは、ユウキにとってよき商売相手以上の存在だった。

 幼くして両親を亡くし、苦労続きのユウキを励ますものは他にもあった。

 (今日は、あの子来るかな?)

 心はもう「バベルの墓所」に飛んでいた。

 そこはかつて旧ターミナルタワーが建っていた場所だった。ヴァルハラに隣接する都市国家アスガルドの攻撃を受けた際、タワーは崩れ落ちた。その跡地が「バベルの墓所」と呼ばれる広場になっているのだ。

その破壊される様は、旧世紀に存在したとされるバベルの塔が、神の怒りを受け、崩れ落ちるにも似ていたという。ユウキが生まれる20年も前のことである。最初に誰がそう名付けたかは定かではない。現在のターミナルタワーより高かったとされる巨大建造物の跡地は今、戦災で亡くなった人々の墓地があるのと同時に、スラム街に住む人々の集う場所にもなっていた。

 いまスラム街では、一人の少女が話題になっている。

 ギターの弾き語りで名をアローラと言った。

 彼女は決まった時間に「バベルの墓所」に現れる。その奏でる旋律と歌声は、多くの聴衆を魅了した。

ユウキも魅了された一人である。

いつの頃からか?

トラックでスラム街を駆け廻っていたユウキが、彼女を目にしたのは、まだ彼女がスラム街で有名になる前のことだった。「バベルの墓所」を横切るたびに彼女が気になった。そしてその旋律、歌声を聴くたびに商売を中止して、その音色に聴き入った。

いつの間にか聴衆は増え、広場に彼女が現れる度、スラム街のあちこちから人々が集まるようになってきたのである。

ただ、彼女は決まった時間には来るが、毎日というわけではなかった。

現れない日もある。だから彼女が来るか来ないかで、ユウキの心は仕事が片づくまで揺れるのだ。

 (よし、早く仕事を終わらせよう!)

そう決意して、トラックを走らせようとした時である。

カタンと音がしてユウキが振り向くと、路地裏から一人の女の子がこちらを見ている。彼女が足下の瓦礫を踏んだようだ。その女の子の顔を見て、ユウキは思い出した。この付近に住んでいる子で、たまにおやつをあげることもあるのだ。

 「お芋がほしいのかい?」

ユウキがおやつの入った袋を持ってトラックを降りると、その女の子はニコリとうなずき、その路地裏に消えていった。

 「…?」

ユウキは怪訝に思い、その子の後を追った。

そこは下水が流れており、腐った水の臭いがユウキの鼻をついた。

あの子はこんなところで、なにをやっているのだろう?

答えはすぐに出た。

女の子に追いつくと、そこには小さな子どもが五人いた。みなユウキの知った顔である。彼らはユウキの顔をみると、一斉に駆け寄りおやつをねだった。

(こいつら、こんなところに住んでいたんだ…)

 そこは破壊されたビルの一角だった。雨をしのげる天井は残っているが、窓ガラスはきれいさっぱり無くなっている。のぞくとあちこちに毛布が散らばっていた。路地裏なので風の吹きさらしになることはないが、それでも寒いだろう。

 みんな異なる理由で孤児になった子どもたちなのだろう。それは同じ境遇であるユウキには容易に想像できた。

 (施設に入れてあげないと…)

ヴァルハラの孤児を保護する施設は数少なく、どこもいっぱいだった。ユウキも自分より小さい子どもたちを施設に入れるため、あえて独り立ちしたくらいである。    

果たしてこの子たちを保護できる施設はあるのだろうか?

(そうだ。あそこに相談してみよう)

 自分が保護されていた施設のことを思い出してユウキは、そこに今“空き”があることを祈った。

子どもたち全員に芋を配ると、彼らは空腹を満たそうと猛烈な勢いでかぶりつく。あの女の子も一緒だ。しかし彼女は、半分ほど食べると口をもぐもぐさせながらニコリと笑顔を向けた。その笑顔を見てユウキは救われた気持ちになった。自分に出来ることは、せめてこれくらいなのだろう。

子どもたちに別れを告げ、ユウキはホバートラックに戻るために路地裏を引き返す。

そしてホバートラックが視界に入った時である。

(しまった!)

トラックに何者かが乗車し、物色をしている。

見知らぬ男だ。こんな物騒なところにトラックを放り出した自分の迂闊さを呪うしかない。現金の入った金庫が運転席にあるのを思い出して、ユウキの心臓は早鐘のようになった。

 「おい!何やっているんだ!トラックから降りろ!」

 ユウキは夢中になって叫んだ。

 

 男はユウキの声にビクッとして、振り向いた。

 しかしユウキがまだ子どもだとわかると、嘲笑の色が浮かぶ。そしてトラックの上から低い声を出し凄んだ。

 「なんだ?小僧。なめた口訊くなよ。このトラックは今日から俺のものだ。痛い目に遭いたくなかったら、キーをよこせ」

 そういうとナイフを出してキラリと見せつけた。そしてトラックを降りてユウキに迫る。

 ユウキは生唾を飲み込んだ。護身用の電磁鞭を探るが見つからない。男はハハッと笑った。

「お前の探しているのはこれか?」

巻貝のように巻かれた電磁鞭をユウキに見せ、にやりとする。

ユウキは舌打ちした。うかつにもトラックに置いてきてしまったのだ。

「観念しな、小僧。さあおとなしくしろ。さっさとキーをよこすんだ」

その時である。

トラックを踏み台にして乗り越えてきた影を、ユウキは視認した。

次の瞬間、「ドン!」という鈍い音がして男は無様に倒れこんだ。その背中に飛び蹴りを喰らわされたのだ。

男を襲った影は、ナイフをその手からもぎ取り、後ろに放る。そしてそのまま馬乗りになって男の顔面を殴りつけた。

 乾いた拳の音と「ガアッ!」といううめき声。男の唇は裂け、鮮血が飛び散る。襲撃者は容赦なく、なおも拳を振るい続けた。

 「ファング!」

 ユウキは夢中で叫ぶと、ファングに飛び込むように体当たりした。ユウキはファングを抱え込むように上になる。ファングはそのまま、地面に仰向けになった。

 「ユウキ!なにしやがる!」

 ファングは怒鳴った。

 ファングの拳の餌食になった男は悲鳴をあげ、よろめきながら逃げ去っていく。

 「おい!待て!」

 ユウキを押しのけたファングは男を追おうとした。しかしすぐに立ち上がったユウキが、ガチリと腰のあたりを押さえて離さなかった。

 「離せよ!」

 ファングは獰猛に吠え、ユウキを突き放そうとする。

 「…ファング」

 ユウキの声は静かだった。

 「やりすぎだ」

 これ以上、続けさせるわけにはいかなかった。あのままでは男も死んでしまうし、ファングもただでは済まない。ヴァルハラの法律では、だだ一人の殺人も死刑は免れないのだ。

 しかしこのスラム街では、それはあくまで建前に過ぎない。罪人を捕え裁く出張機関が皆無で、警備機能は無いに等しい。いわば無法地帯だった。

だからファングは罪を犯すことに躊躇がなく、恐れもなかった。

 「ち!」

 ファングはユウキを振りほどくと、地面を苛立たしげに蹴りあげた。

 「正義漢ぶりやがって!」

 ファングは強盗がユウキから奪った電磁鞭を拾い上げ、ユウキに放る。

 そしてツカツカと詰め寄り、ユウキの胸ぐらを両手で掴み睨んだ。

 「言っておくがな!俺がお前を助けたのは、お前のためじゃないぞ。おまえは俺の大事な金ズルだ!それを横取りされたくなかったからだ!」

 そう怒鳴るとファングはユウキを突き離した。

 「お前がこの街で商売できるのは誰のおかげだ?忘れるんじゃねえぞ。それに、二度と強盗に襲われるヘマはやるな。わかったな」

 ユウキとファングは、同じ施設の出身だった。ユウキは十三歳でファングは十五歳。二つ歳が離れているが、施設に入ったのはユウキが先だった。しかし身体が大きいこと、歳が二つ離れているということで、兄貴風を吹かしていたのはファングだった。そしてユウキより先に施設を出て、スラム街で生きてきた。ユウキにスラム街の様々な店や人脈を紹介して、その商売を助けたのも彼だった。

しかし、それには見返りがあった。

 毎月、売り上げに関係なく決まった金額を彼に支払う。ユウキが商売で一人立ちする時、頼る所もなかったユウキは、それに従うしかなかった。

 ファングは本名ではない。

 ファングの両親は、なんの前触れもなく彼のもとからいなくなった。ファングいわく「俺の両親は“闇”に喰われちまった。俺は“闇”の喰いそこないだ」

彼の話によると、両親はかなりの借金をしていたらしい。その返済をしきれなくなった両親らは、逃れるようにその姿を消した。ファングを残して…。

だからファングは、両親とこのヴァルハラの街を恨んで育ってきた。

「こんな世の中、いつか俺が壊してやる!」それがファングの口癖だった。それから彼はファング…“牙”と名乗るようになったのだ。

 「ユウキ、今月はまだだな。せっかく強盗からお前の商売道具を守ってやったんだ。いますぐ払ってもらおうか」

 いつの間にか、ファングの周囲に少年たちが集まってきている。ユウキやファングと歳もそれほど変わらない。みなファングの子分たちであった。

 その中の一人が、厳つい眼でユウキを睨みながら前に出てくる。やや大柄でユウキより大きい。

 「おいユウキ、ファングのおかげで助かったんだから、金を出すのは当たり前だろ?いつもより余分に出せよ!なあ、ファング?」

 そう言ってファングの肩にもたれかかる。するとファングはそれを払いのけ、少年の頬を殴り怒鳴った。

 「なれなれしいマネするな!」

 頬をさすり少年は、ユウキに強気に出た態度とはうって変わり、弱々しい目でファングを見上げる。

 「なにするんだよ、ファング」

 ファングは容赦のない眼つきで、その少年を見下ろす。

 「俺はユウキから余分に金を貰う気はねえ。それにな、こいつは俺と同じ施設で育ったんだ。俺のブロウだ。そして俺の大事な金ヅルだ」

 ファングは周りに集まっている少年たちに睨みを利かせた。

 「ユウキに手を出すやつは、さっきの強盗みたいになると思え。わかったな!」

 ユウキを自分のブロウと言ったかと思えば、大事な金ズルとも言う…ファングの言うことは支離滅裂である。

 「いいか、お前ら…」

 ユウキの冷淡な眼差しをまるで意に介す様子もなく、ファングはホバートラックの上で仁王立ちになった。

「俺はいつかこの街を、ヴァルハラを破壊してやる!あのターミナルタワーの地下に潜っている太守を八つ裂きにしてやる!あの太った腹から内蔵を引きずりだしてやる!そしてこの街を変えてやるんだ!ヴァルハラの政府は俺たちに何をしてくれた?飢えた俺たちにパンをくれたか?寒さで凍える俺たちに毛布をくれたか?孤児院を増やしてくれたか?違うだろ!アスガルドとの戦争で焼け落ちたこのスラム街に俺たちを追いこみ、自分たちは復興でキレイになった中心街で踏ん反り返っていやがる!俺たちが飢えてネズミの死骸を喰らっている時には、豪勢な飯をたらふく食い、俺たちが寒さでズタ袋の中で震えている時には、豪華なベッドの上でお寝んねしてやがるんだ!いいか、お前ら、俺についてくれば、いつかこの暗闇から這い出させてやる!俺についてくれば、偽善に満ちた為政者どもや、欲得にまみれた金持ちどもや、いけすかねえサイボーグどもや、アンドロイドどもや…そんな奴らに復讐を満たさせてやる!それまでは俺が法だ!正義だ!俺が右といったら右を向け!俺が左といったら左を向け!俺には逆らうな!口答えするな!いいか!お前ら、わかったな!」

それはファングの癖だった。彼は高揚すると獣のような声で演説を始めるのである。

 そんなファングではあったが…その熱狂的な姿に魅了された少年は、決して少なくなかった。

それが証拠にトラックの周りは、いつの間にか大勢の少年たちが取り巻いていた。

そして、ファングの咆哮に呼応してみな口々に気勢を上げ始めた。

 「そうだ!ファングの言うとおりだ!」

 「俺はついて行くぞ!お前について行くぞ!」

 「ヴァルハラを壊せ!ぶっ潰せ!」

 「ブタ太守を丸焼きにしろ!」

 「政府の役人どもは八つ裂きだ!」

「サイボーグどもの鉄のはらわたを引きずり出せ!」

「アンドロイドの鉄の脳みそをグチャグチャにしろ!」

それは飢えた野獣の群れだった。スラム街を住処にする飢狼たちの咆哮…怨嗟のはけ口なき孤児たちの魂からの叫び…けして癒えることのない飢え。ファングはまさに憎しみに満ちた野獣たちの王だった。

 そんなファングの求心力は、ユウキも認めざるをえないものがあった。

しかし…。

ユウキは知っている。

確かにファングは、この街で少年たちのカリスマになりつつある。しかしそれはあくまで「少年たち」に限定されていた。そしてファングはそんな少年たちを使って金を集めている。決してユウキだけが、たかられているわけではないのだ。

その集めた金には上納先がある。

スラム街の一角をスラブ系のグループが牛耳っており、そのボスであるイワノフに定期的に納めているのである。それはファングがこのスラム街で生き残るため、必死であがいてきた結果だった。ファングがこのスラム街を野良犬のように彷徨っていたころ、イワノフがいろいろと彼の面倒をみた。だからファングは、その悪縁を絶ち切れないでいるのである。

そんなファングにユウキは疑問を抱く。

ファングは結局、何がしたいのだろう?

スラム街に住む少年たちをまとめ上げた力は認めるにしても…そんな少年たちとこの先、何がしたいのか?具体的に何をどうするのか?それは、ここに集まってきた少年たちはもちろんのこと、ファング自身も解っていないのではないか?

ただ彼は…具体的には何も考えていないにしても、ある方向を目指しているのは間違いなかった。そしてその向かう先こそ、ユウキがもっとも忌むべきもの…そしてユウキ自身の境遇を決定づけたものに、相違はなかった。

彼は…ファングは、この憎むべきヴァルハラを破壊するためにテロがやりたいのではないか?なら彼について行くことはできない。

テロで両親を亡くしたユウキにとって、ファングは決して許容することができない存在だった。

 「ユウキ!」

 ファングはトラックを降りると、ユウキに詰め寄った。

 「おまえも俺たちの仲間になれよ。同じ施設で同じ飯を食った者同士だ。俺たちの気持ちはおまえもわかるだろ?なあ、ユウキ?」

 ユウキは無言でトラックの運転席に戻る。そして動力の機動を始めた。

 「いま君が演説したこと、イワノフの前でも言えるのか?」

 「…!」

 ファングは押し黙った。ただ、その眼光だけは爛々と獣のようにユウキを睨んでいる。

 そんなファングにユウキは、ポンと小袋を彼に放った。

 ファングがそれを受け取るとズシリと重い。中を開けるとヴァルハラ通貨のコインが入っていた。

 「今月分だ」

 ユウキはファングに視線を合わそうとはしない。そんな態度に少年たちが気色ばんでユウキに詰め寄ろうとする。それをファングが止めた。

 「ファング」

 ユウキの声は静かだった。ファングはただユウキを睨みつけ言葉を待つ。

 「今日のことは礼を言うよ。君が助けてくれなかったら、俺は大事な商売道具を全部もっていかれたかもしれないし、最悪、殺されていたかもしれない。でも…」

 「…」

「俺が孤児になった理由を君は知っているだろ?だからもう、その話は無しだ。それに俺は君のブロウでも金ズルでもない。俺はこの街で商売をするために君と契約した。それだけだ」

 そう言い捨てて、ユウキはホバートラックを発進させた。

 「ふん」

 鼻をならしたファングは、小馬鹿にしたような声音をユウキに浴びせた。

 「今日も行くのかよ、あの女のところによ…」

 その声を無視してユウキは走り去っていく。

その後ろ姿をファングはただ黙って見つめていた。

 

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