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  巨大な爆煙が、禍々しい影を落とし、アルフハイムの中心地に不気味に佇んでいる。

 その下では、無数の怒号と悲鳴、そして銃声が鳴り響いていた。

 「ジョバンナ!ジョバンナ!」

 母が悲痛に叫ぶ声がする。逃げ惑う群衆の中、その流れに逆らうように必死で手を伸ばす母を、兄のコルセオが制止しているのが見えた。姉のエレナが泣きながら、母の肩にしがみついている。ジョバンナは意識が朦朧とする最中、力なく手を伸ばし、母と、そして兄と姉の名を呼んだ。しかし、声は出なかった。

 やがて無数の銃声と殺気だった雑踏が近づくのを感じ、ジョバンナは手を降ろした。ただその瞳だけは、母と兄と姉を見つめ続けていた。

 母は泣き崩れ、ジョバンナを呼ぶも、声にならなくなっていた。そんな母を必死で抱き起こす兄のコルセオは、悲痛な表情でこちらをみやっている。姉のエレナはただ母の背に顔をうずめ、こちらを見まいとしている。コルセオはジョバンナの名を一度だけ叫び、足腰のたたない母を、やはり視線を合わそうとしない姉エレナとともに抱き抱えた。そして群衆の流れに乗り、三人が人込みに消えていくまで、ジョバンナはその視線を離そうとしなかった。

 ジョバンナは、静かに地面に顔を落とした。地響きが聞こえ、無数の黒い足がジョバンナの視界を埋め尽くす。

 やがて眼を閉じた彼が、最後に耳にしたのは、己の頭を貫く銃の音だった。

 その瞬間、ジョバンナの体はフッと浮きあがり、光に包まれながら、天高く舞い上がるような感覚に満たされた。その遥か上空は、雲ひとつなく、どこまでも透き通るような青い空間が広がっている。

 (天国に行けるんだ…)

 ジョバンナは漠然と思った。

ふと、周囲を見れば、無数の白い光が光跡をなびかせながら、飛んでいるのが見えた。ジョバンナは、それが自分と同じ死者の魂が飛んでいる姿なのだと認識した。おそらく、自分の姿は、今はああなのだろう。みんな天国に向かって飛んでいるのだ。

そう、主の元へ、神様の元へ!

と、ジョバンナの目の前の風景が突然、変化した。

雲ひとつなく、どこまでも透き通るような青い空間…なのは変わりがなかった。ただ、白い輝きが果てしなく広がる地面が、眼下に現れたのだ。

 (…!)

 それは大理石のようだった。気の遠くなるような月日を費やし、磨き抜かれた大理石。その上層に広がる蒼天が、恐ろしく透き通るように映え、同じ材質でできたものであろう、無数の柱が並ぶ。

 (もう、天国にきたのかな?)

 ジョバンナは思った。こんな美しい場所は、きっと天国に違いないと。

 そこでジョバンナは見た。

 一人の眩いばかりの光を放つ、美しい少女が、上空から舞い降りてくる姿を。

 (天使さま?)

 その下には、人影が佇んでいる。

 その人影を見た時、ジョバンナは言い知れぬ禍々しさを感じて戸惑った。

 この場所に似つかわしくない者…。悪魔とまでは言わないが、この眩く神聖な空間の中では、明らかに異質の存在に思えた。その男はひざまずき、眩い少女…“天使”が降り立つのを待っている。

 やがて大理石に降り立った“天使”は、その“男”に近づいていく。

 その時、ジョバンナは恐ろしいものを感じて、そこから一刻も早く離れたい気持ちに支配された。

“天使”は怒っている。それも尋常ではない怒りだ。

“天使”は美しい少女だった。長い栗色の髪。その蒼天のように青い瞳…。ほのかなバラ色に染まる頬は、その陶磁器のように白くきれいな肌に映え、身を覆う白い衣装は、風になびく様にはためき、その美貌をより際立たせていた。

 その彼女が、ひざまづく“男”に近づき、見降ろした途端、まるで鬼神のように豹変したのである!

その長い栗色の髪は逆立ち、青い瞳は炎のように燃え上がっていた。

そして嵐のように激しい声が、“魂”だけのジョバンナを震わせた。

 「ブレード!これ以上の狼藉はやめなさい!お前の身に災厄が降りかかる前に!」

 その瞬間、ジョバンナの“魂”は吹き飛んだ。

 蒼天を抜け、成層をはるかに超えて…気がつけば、無数の星々がきらめく星海を漂っていた。

 (冷たい…寂しい)

 寂寥の念が、“魂”だけのジョバンナに去来した。ただ、無限に広がる“宇宙(そら)”は、己の帰るべき場所…。だから懐かしさも感じた。

 (…美しい。兄さん、姉さん…母さん)

 ジョバンナは、遙か彼方に広がる星雲の果てまで、悠久の時を経て漂い、己の存在が“宇宙(そら)”に帰還し…やがてまた新たな生命の息吹とともに、輪廻の渦に溶け込んでいく未来を自覚した。

 

 「…」

 遙かな銀河の果てに、ひとすじの流星が煌く。アローラは、その瞳に星海の輝きを宿らせ、無数の命が下界より飛来し“宇宙(そら)”に散る様を知覚した。

 (また…幼い命が失われていく)

 アローラの胸に去来する想いは、心の遥か深淵の果てまで沈殿していく。その悲しみもまた、刻とともに忘却の彼方に押しやられていくことだろう。

 (ユウキ…)

 アローラは、赤い大地の悠久の風が吹き荒む、荒野の果てに、いくつもの尖塔が林立する聖都の燃える様を視た。

 その渦中に、いまにも投げ出されそうなユウキを想い、不憫な心持とともに、やがて訪れるやも知れぬ、失意に慄く己をも自覚した。

 (どうか…“宇宙(そら)”の果てには行かないで…)

 アローラは瞳を閉じ、眼下に望む、赤い生命の星に想いを馳せた。

 

 ファングは荒い息をはずませ、高々と天を突く黒煙と、瓦礫の山を凝視していた。

 身体が鉛のように重い。

 慣れない重い重力下の地面が、徐々にファングの体力を蝕んでいた。アルフハイムの地下に埋蔵された重力の発生装置“ユグ”は、聖都に狼藉を働き、不敬にも血と炎をもたらした者どもに、神々に成り変わり、容赦なく、罰と苦痛を与えているようでもあった。

 「…」

 ファングを蝕んでいるのは、重力ばかりではなかった。

 散乱する瓦礫と、無数に横たわる屍。そして血の川。とてもこの世の光景とは、思えなかった。そして炎と黒煙が不気味な音をたてて渦巻く。地獄というものがあるなら、まさにこんな光景だろう。イスラム教の施設にいたファングは、その教えのなかに、“それ”があることを、いやでも思い起こさずにはいられなかった。

 ファングは銃を構え、茫然と立ち尽くしていたが、やがてはっきりしない意識のまま、重い足取りで歩を進めた。

 何度も吐き気をもよおし、瓦礫に吐瀉物をぶちまけた。頭痛が、頭の芯に鈍器でヒビを入れられたような痛みを伴い、定期的にファングを襲う。

 屍を踏み越え、瓦礫に足を取られそうになりながらも、ただ足を運ぶ。

周囲の様子を窺い、敵がいないか警戒しなければならないところである。破壊された壁の影から、スナイパーが狙っているかもしれない。不意を撃たれるかもしれない。しかし、今のファングの意識には、それが皆無だった。

 いつの間にか、仲間とはぐれていた。通信機は、五人に一人の割合で、そのリーダー格のみが持っているが、新兵のファングには当然のように与えられていない。だから、今は仲間たちと、連絡をとる術もないのである。

 その時、ファングは無数の悲鳴と逃げ惑う雑踏の音を聞き、立ち止まった。

 銃声が無数に鳴り響き、それに追い立てられるように大勢の人間が、濁流のように殺到する。家財道具を荷台に詰めたホバー式のトラックも、目の前を何台か走り去っていく。

 銃を乱射しているのは、別ルートから入った部隊だろうか?

 ファングは、思わず瓦礫の隙間に身をうずめて隠れた。人波と、無軌道な味方の銃弾に危険を感じたからである。

 その時、ファングは、悲鳴と怒号が交錯する中、悲痛な声を聞いた。

 「ジョバンナ!ジョバンナ!」

 そこには、人々の濁流に逆らうように手を伸ばし、叫び声を上げる女と、彼女を必死で制止する若い男女の姿があった。

 そして女が手を伸ばすその先に…十歳くらいだろうか?小さな男の子が、倒れていた。彼は女に…いや、母親に必死で、それこそ必死で、力の入らない手を伸ばしている。

 やがて銃撃が激しさを増してきた。

 「ジョバンナ!!」

 若い男が、母親を必死で引きずり、その少年の名を叫ぶ。母を抱きかかえる若い女は

母の肩に顔を埋めながら、少年に向かおうとする彼女を必死で押し戻そうとしていた。

やがて母の悲痛な叫びは、悲鳴と怒号にかき消され、彼らのその姿も人々の流れの中に

呑み込まれていった。

 群衆の流れが途絶えた時、ファングは飛び出し、銃を掲げて左右に振った。

 「撃つな!やめろ!」

 そして、少年の元に駆け寄った。

 「…!」

 少年は、脊中を撃たれ、多量の血を流していた。その目も虚ろに、地面に顔を横たえ、

視点の定まらない瞳で、ファングを見ていた。

 (…助からない)

 少年は、ピクッ…ピクッ…と、頸痺を繰り返していた。やがて、静かに目を閉じても、

それは止まなかった。

 「おい…」

 ファングは、ふらふらと少年に手を伸ばした。

 その時である。

 銃声が鳴り響き、少年の頭が弾けて多量の鮮血が飛び散った。そしてファングの頬を赤く染めた。

 「あっ…ああ…」

 ファングはしばらく、茫然と立ち尽くした。やがてその膝を折り、少年の傍らに手をつく。

 「どの道、助からないんだ。せめてもの情けさ」

 ファングが振り向くと、コーネリアが銃を掲げ、厳しい眼差しでファングを見つめてい

る。そしてわらわらと集結する同胞たちを睨みつけた。

「お前たち、どこの部隊だ?無用な殺傷を誰が許可した?もう、こっちはいい。お前た

ちは交戦の激しい東地区へ廻れ。弾丸の無駄遣いをする暇があったら、少しでもブレード

大佐の援護射撃ができるよう、敵の戦力を削れ!」

 そして「はやく行け!」と激しく叱咤し、彼らが撤退するまで、鬼のような眼光で睨み

続けていた。

 やがてコーネリアは、ファングの肩に手を置いてつぶやいた。

 「安の定だな…」

 ファングは何も言わない。ただ無表情に少年の屍を見つめ続けるだけだった。

 「ファング、南部地区に拠点を設けた。場所はわかるな?お前はもう戻れ。そこでしばらく待機しろ」

 「…」

 「命令だ」

 背後にはいつの間にか、コーネリア直属の部隊が集結していた。ファングもその一員な

のだが、混乱の中、はぐれたのは彼だけだった。そして少年の死、その一部始終を垣間見

ることになったのである。

 「集合したか。よし、メディナスに向かうぞ。ファング、お前は命令した通りだからな」

 そしてコーネリアたちは、速やかにその場を後にした。

しかしファングは、彼女たちが去った後も少年の傍に居続け、しばらく、動くことはなかった。

 

 白亜の床は、蒼天の空との境まで、遙かな地平線を望むほどに続いていた。

 その殺風景な空間に一際、そそりたつ炎(ほむら)のように、一人の少女が、目の前にひざまずく男を見据えている。

 蛇を思わせるまだら模様のバンダナ。伸び放題の頭髪は、野性味を帯び、獣を思わせる。なにより、垂れた頭の、その隙間に垣間見える、猛獣のような鋭い眼光…。それはけして眼前の、“人にあらざる”女神に屈する意志は、微塵も感じられなかった。

 やがてその男…ブレードは、「クク」と低い声で笑い、その声音を上げ、高笑に変えて目の前に佇む少女を嘲笑った。

 「お戯れを。長い悠久の眠りで、分別もつかなくなりましたかな?今のあなた様に、わたくしめを災厄の坩堝(るつぼ)に放る力などありましょうや?あなた様の器たる肉体が、機能していた昔ならいざ知らず…」

 やがてブレードは、ゆっくりと立ち上がり、その巨躯をそそり立たせながら、その少女…ナターシャを睨み据えた。

「このおかしな真似も、茶番に過ぎません。おやめいただきたい」

ナターシャは、その逆立つ栗色の髪もそのままに、燃えさかる炎の瞳をブレードに向け、なおブレードに圧力をかけた。

「ブレード。我が妹、エリスの股肱よ。お前の犯した幾多の罪を贖わせる力…それがわたしから失われたと思うのなら、それは大きな間違いです。そのことを思い知るがいい」

 ナターシャが告げたその直後!

 「…!」

 ブレードの表情が一変した。

 己の右腕が、自分の意志に反して、自らの首を絞め始めたのである。

「ナター…シャ…」

ブレードはそう口にするのがやっとであった。同時に、己の握力が想像していたものより、遙かに強く、驚異的であることを実感せざるをえなかった。

 何を思ったか、ブレードは、己の左腕を刃に変えた。

 そして、首を絞めるその右手を、手首から斬り落としたのである。

 斬り落とした右手は、その白亜の床にポトリと落ちた。

 「…おやめなさい」

 ブレードの瞳が、獰猛な猛禽類のように鋭さを増し、危険な光を帯びる。

「無駄なことです。ここはあなたの精神世界。どのような手管を見せようとも、所詮は仮想現実の出来事に過ぎない。わたしの肉体に傷一つ、つけることなど出来はしない!」

 その時、ナターシャの顔が冷酷な色を帯び、その冷たい瞳でブレードを見据えた。

 ブレードの人工的な感覚が危険を告げ、ブレードの警戒レベルを最大限に引き上げた。

 「お前のことは、エリス以上に知っている。オージンに最も近いハイドロイド。人間の欲望、狂気、そして背徳。その負の部分を全て体現する者よ。お前はある意味、人間にも近い。心理を持ち、狡猾さも兼ね備え…そして恐れというものも知っている」

 ナターシャは、歩を進め、ブレードを気圧するように静かに近づいた。その右手には、いつの間にか、銀色に煌めく長剣が握られていた。

 「その左手の刃、わたしに向けるがいい。いつぞのように、切り刻まれる恐怖と無念、そして失意を味わうがいい」

 ナターシャの身体が、後光のような光を帯び、その神々しいばかりの圧力が増す。

 ブレードは後ろに一歩、後ずさった。本能的な恐怖に似た感覚が、彼の体内に張り巡らされた、あらゆる人工の神経を、電流のように駆け巡る。ブレードは、それが己の能力を著しいく低下させることを知っていた。その対処法も知っている。しかし、目の前に迫る脅威には、その対処が充分に間に合わないことを、悟らずにはいられなかった。

 「味な真似を!わたしの未完成な制御システムを揺すり、神経回路を乱す気か!」

 そう叫んだ刹那!

 ブレードは稲妻のように刃を払い、風のようにナターシャに斬りつけた。

 しかし…そこに、ナターシャはいなかった。その手応えのなさにブレードは、ここが仮想現実の世界であることを再度認識した。

 が、それもつかの間だった。脇腹を何かがすり抜けるような感覚がして、ブレードはそこをみやった。

 その瞬間!

脇腹が裂け、多量の体液が、白亜の床に雨のように飛び散った。

「お前こそ、無駄なことはやめなさい。お前では、わたしに傷一つも与えることなど、できはしないのだから」

ナターシャの静かな声が、ブレードの聴覚に響く。

 いつの間にか、彼女は、ブレードの背後で剣を構えていた。

 そしてブレードが彼女に向き直り、態勢を立て直す暇もなく、ナターシャの剣が舞った!

 腕、足、脇腹、胸、首筋…その刃が嵐のように、ブレードを襲い、斬り刻む!

 ブレードは刃を振い、必死の応戦を試みるが、彼女の身体は幻影のように現れては消え、けして捉えることはできなかった。

 やがてブレードの腕が飛び、腹部が裂け、肩から胸にかけて斬り裂かれ…そして、その首が飛んだ!

 が、ブレードの素首は、体液を撒き散らしながら宙で静止した。そしてにやりと笑う。

 「お遊びは終わりですかな?もう気はお済みですか?所詮、あなたのこの所業は、時間稼ぎに過ぎない。かつて、あなた様と対峙したはるか昔…もう、幾星箱もの月日が流れたことか…。あの時、わたしは、あなた様の圧倒的な力で、完膚なきまでに叩きのめされ、一時は、その生命活動を停止するに到りました。わたしは、オージンや人間にもっとも近い存在…それが故に、恐怖や失意、そして圧倒的な力の前に、無力感を覚える…そう、人間の感情に近い特性がわたしにあると、あなたは言う。だから、あの時の絶望を蘇らせ、トラウマを呼び起こし、わたしの神経回路に深刻な打撃を与え、一時的に、わたしの動きを抑止しようと図った…」

 ブレードの斬り刻まれた身体は、やがて糸に引かれるように動き、胴体を中心にひとつにまとまった。そして斬り傷は、その肌に吸い込まれるように消えていく。そしてブレードの首も、静かにもとに戻った。

 「あいにくですな!わたしはもう、あの時のわたしではない、あなたの思惑にはまるほど愚かでもない」

 ブレードの眼光が鋭く、ナターシャを射抜いた。

 「さあ!わたしをここから出しなさい!植物に身を落としたあなたに、関わっている暇など、わたしにはない!わたしに、その身体を破壊されることを恐れるのなら、今、この場で、わたしに命乞いをするがいい!」

 ブレードは烈迫の気合とともに、そう言い放った。

 その時!

 白亜の床が崩れ、蒼天の空が割れ、暗闇が二人を覆った。

 が、暗闇であったのは、一瞬のことだった。

 やがて、無数の星々ときらめく銀河、そして星雲がほのかな光を内包し漂う、宇宙の光景が広がった。

 「…ブレード」

 ナターシャは憐れみに満ちた瞳で彼を見据え、静かな声で語りかけた。

 「あなたは、なにも解ってはいない。でもそれは当然のことです。ハイドロイドに“思考”というというものはないのだから。しかし、あなたが、この街ではたらいた狼藉は、わたしが手を出さずとも、必ず、あなたの身に災いとなり降りかかるでしょう。そしてあなたが愛する、わが妹、エリスにも…」

 「…」

 「それは宇宙の黄金律。今までは、あなたもエリスも、神々の鎮座する、この聖都には手を出さなかった。それは禁忌であり、犯すベかざるものであったから。それはエリスも解っていたはず。しかし、“ユミルの鍵”の存在を知覚してから、彼女は何かが狂ってしまった。その理由は、わたしにも、はっきりは解らないけれども…。ただ、ひとつ言えることがある。今、あなたたちが犯している罪は、これまであなたたちが犯してきた罪…戦乱や殺戮、資源の収奪なども及びもつかぬ大罪であり、あなたたちに必ず、大いなる災いをもたらすであろうということ。因果応報は、どれほど取るに足らぬことでも、必ず起きるもの。それが、とてつもない所業なら、なおさらのこと…」

 その時、ナターシャの身体が、まばゆい光を帯び始めた。

「心しておきなさい」

 やがて彼女の体は、徐々に遠のき、星海の果てにゆこうとしていた。

「“ユミルの鍵”は、あなたたちには渡しません。あれを求めるのは、愚かな行為です。なぜなら、必ず、人類と我ら“人にあらざる者”を、滅亡の渕に追いやる結果に帰結するから。それでも奪うというのなら、摂理と黄金律による鉄槌もまた、覚悟することです」

ナターシャが星屑に消えた時、宇宙の闇も瞬く間に消え、辺りは瓦礫と屍が山を為す、アルフハイムの街並みに変わった。

その目の前には、メディナス大聖堂の威容が佇んでいる。

(ナターシャ…)

ブレードの瞳に、燃えるような怒りの炎が宿った。

(“ユミルの鍵”を手に入れたのち、必ず、あの忌まわしき身体を破壊してやる!)

ブレードは、メディナス大聖堂に向けて、ゆっくりと歩を進めていった。

 

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