top of page

 「ユウキさん!行ってはだめです!」

 ソフィアが必死で、部屋を出ようとするユウキを制止していた。

 「離してくれ!」

 ユウキは、ソフィアの肩を掴みながらも、彼女を突き飛ばしたい衝動を必死で抑えた。

 「ソフィア、分かったから離せ!とりあえず、聞いてくれ」

ユウキはギターを肩に担いでいた。

そしてソフィアの瞳をじっと、見つめた。

「おそらくは、このギターの力さ。これにはアローラの、不思議な力が宿っている。これは俺に、様々な光景を見せるんだ。飛び交う銃弾、流れる血の川、鮮血の海…。そしてブレードの恐ろしい姿…」

 ユウキは、やや俯き加減に視線を落とし、そして目を閉じた。

 「ただ、これは、これから起こりえる未来の光景。このギターが俺の直感に働きかけて、そう告げている。そしてその血の海に…」

 ユウキは頭を振った。

 「幼ない子どもたちが!彼らはブレードに、非情にもその刃を突きたてられ、テロリストたちの容赦ない銃撃で、血まみれの骸になってしまうんだ!そんなこと俺は看過できない!」

 「でも!あなたが行ったところで、どうなると言うのですか!」

 ソフィアは大声を上げた。

 「ソフィア」

 ユウキは顔を起こし、真っすぐに彼女を見据えた。

 「あの子たちを救うこと、多分、これは俺にしかできないよ。ライアでは、そんなこと一顧だにせず、ブレードたちと殺し合いをするだけだ。むしろ、彼女の流れ弾で、犠牲がより増えるかもしれない」

 「ユウキ…でも」

 「心配ないさ。俺には彼らを黙らせる、強力な切り札がある!」

 そう言ってユウキは、肩に担いだギターを叩いた。

 「それがこいつだよ」

 ソフィアは、不安げな表情を浮かべた。

 「ユウキさん、まさか?場合によっては、それを彼らに渡す心づもりですか?」

 「まさか」

ユウキは笑った。

「もともと俺は、商売人さ。ギャングやマフィア、自由開拓民、そして巨人たち。今まで様々な人々と交易してきたし、商いで渡り合ってきた。交渉や駆け引きはお手のものさ。彼らの狙いは唯一、これだろ?そして現マスターの俺の身柄だ。だからだよ。俺には彼らを止める勝算が充分にある!」

確信に満ちたユウキの瞳にも、ソフィアは不安を拭うことは出来なかった。

「ユウキさん、せめてカイル様の許可をとって…」

「そんな悠長なことをしている暇はないよ!」

ソフィアは溜息をついた。

ただ、ユウキの答えは、彼女の予想の範囲内でもあった。

 「では、ユウキさん。わたしも同行させてください」

 「…それはできない。君を危険にさらすわけにはいかない」

 ソフィアは譲らなかった。

 「あなたにもしものことがあれば、わたしの責任になります。そのことは、考えてはくださらないのですね。責任を全うできないことは、わたしにとって、死ぬよりつらいことなのですよ」

 ユウキは頭を掻いた。

 「まいったなあ、俺こそ君にもしものことがあったら、カイルに合わせる顔がない」

 「ではお止めになりますか?」

 ユウキはじっと、ソフィアを見つめた。

 その膨れ上がった頭部、崩れた顔は、確かに普通の人から見れば醜い。

 しかし、その内に秘める魂は、誰よりも気高く、そして美しいとさえ思えた。

 「…わかったよ。覚悟を決める。俺は君を護るよ。けしてカイルや君に縁のある人たちに悲しい想いはさせない」

 ユウキは決意に満ちた面持ちで、再び、ソフィアの肩を掴んだ。

 「いえ、私は護られるつもりはありません。自分の身は自分で守ります。そしてユウキ、わたしこそ、あなたをお護りいたします」

 ユウキはやや複雑な気持ちになったが、あえてそれには答えなかった。

 「…行くよ」

 「はい!」

 ユウキは部屋の扉を開いた。そしてソフィアを伴い、戦端が開かれつつある、件の場所に向かい駈け出した。

 

 銃弾が激しく交錯する中、鮮血にまみれた屍が、一つ二つ…と数を増やしていく。

 ブレードの出現で、勢いづいた“暁の賛歌”は、携帯していた折りたたみ式の盾、そして積み上がったその屍をバリケードに、“白羊の騎士団”と激しい銃撃戦を展開していた。

 “白羊の騎士団”が展開するその奥では、逃げ遅れた数人の子どもや老人が、頭を抱えながらうずくまっている。流れ弾が、頭上をかすめるため、前に進めないのである。

 その彼らを守るべき“白羊の騎士団”は、その陣を大きく乱していた。

 光学迷彩を巧みに駆使し、現れては消えるブレードのかく乱に大いに手を焼き、その凶刃に倒れ、通路に屍を増やしつつあったからである。

 「後退だ!」

 隊長の声が響いた。

 “白羊の騎士団”は、子どもや老人たちにも退却を促すが、その激しい銃撃に足が竦み、とても動くことはできなかった。

 “暁の賛歌”は徐々に、前進し、さらにその火力を増しつつある。

 その時!

 指揮に当たっていた“白羊の騎士団”第三部隊の隊長が撤退を援護するため、銃を構えたまさにその時だった。

 突然、その首がバネの生えたように飛び、鮮血を撒き散らした!

 その返り血が、人の頭や肩を形づくる。

 やがて光学迷彩を解いたブレードが、その姿を現した。

 片膝をつき、にやりと笑うその姿は、返り血を浴び赤く染まった顔もそのままに、まさに地獄の悪鬼そのものであった。

 それに気を取られた“白羊の騎士団”の兵士は、“暁の賛歌”の激しさを増す銃撃に、血を吹き身を仰け反らせながら、何人も倒れていった。

 ブレードは、ニヒルな笑みもそのままに、満足げな表情を浮かべながら立ち上がった。

 が、次の瞬間、その笑みがすっと消えた。

そしてその瞳から、鋭い眼光が走るのに時間はかからなかった。

黒ずくめのコート。

禍々しい死神のようなその姿。

ツカツカと、テロリストたちの背後に迫っている。

やがて、コートのポケットに入れたその両手が、ゆっくりと不気味に黒光りする銃身を、両のポケットから露わにした。

次の瞬間!

凄まじい轟音とともに、その両銃が火を噴いた!

 色鮮やかな朱色の液体が無数に弾け、まさに赤い花のように咲き乱れる。その容赦ない銃撃は止まることを知らず、テロリストたちを瞬く間に骸に変えていった。

 やがてその凶弾が止んだ時、メディナス大聖堂に侵入した“暁の賛歌”は全滅し、その屍を無数に晒した。

 その女…ライアは歩を止めず、血の川の流れる屍の間を進む。

 「…ライア」

 ブレードの表情が憎しみの色を帯びた。

 「随分、遊んだみたいね。もう、満足したでしょう?」

 ライアの鋭利な瞳がより鋭さを増した。

 「ほざけ!貴様では、この俺に勝つことはできんぞ!互いに生身の肉体であった、遥か過去ならば、いざ知らず!」

 やがて、ブレードの位置から、歩幅約十歩。その場で歩を止めたライアは、冷たく鋭い視線でブレードを睨んだ。

 やがて彼女の右袖から、するすると細長い刃物が降りる。その柄を握りしめたライアは、半身を構え、ブレードを見据えた。

 「試してみる?」

 「…」

 ブレードは無言である。ただその瞳は、敵意に燃え上がっていた。

 二人を取り巻く、周囲の空気は、殺気と禍に満ちている。その凶刃は、今にも相食む魔獣の牙の如く、互いに交わらんとするばかりであった。

 

 ファングはぼんやりと、無数に林立する尖塔やモスクをみやっていた。

 歩みは、コーネリアの指定した拠点に向かい、進んでいる。しかし、それはおぼつかないものだった。

 肩に背負った銃が重い。医薬品や携帯食、薬莢などを詰めたバッグも、市街地の重い重力に引かれ、ズシリと背にかかる。

 (ジョバンナ!ジョバンナ!)

 わが子の名を叫ぶ、母の声が耳について離れない。

 少年の背中から溢れ出る、赤い鮮血…。視点の定まらない虚ろな瞳…。

ピクッ…ピクッ…と、頸痺を繰り返し、やがて、静かに目を閉じる。

 ふらふらと少年に手を伸ばしたその時…!

 銃声が鳴り響き、その頭が弾けた。そして鮮やかな赤い花が咲くが如く、多量の鮮血が飛び散り、そしてファングの頬を染めた。

 やがて背後から、冷然と響く声…。

 (どの道、助からないんだ。せめてもの情けさ)

 ファングの目の前には、尖塔やモスクの向こうで、今なお黒々と立ち昇る爆煙、そして砲弾やロケットランチャーの乱れ飛ぶ無数の光跡…。そして、耳をつく爆音や、無数の悲鳴…。

 ファングは、不確かな意識と足取りで、まさに街を彷徨っていた。

 そして…。

 いつしか、目的地への道筋を忘れ、気がつけば、巨大かつ荘厳な威容を見せる、メディナス大聖堂が、その視界に飛び込んできたのである。

 

 人の流れがメディナス大聖堂に向けて、奔流となりつつあった。

 そんな中、ジェシカとマルコはその流れに乗り、ひた走っていた。

 「隊長さん、この通りを真っすぐに進めば、メディナスへ通じる南大通りに出ます。ただ状況的には、そこは避難民で溢れている様子、あの角を曲がれば西大通りに出ますが、そこなら比較的、人の流れはありません」

 「…お前に言われなくとも、承知している!」

 マルコの指摘に、ジェシカは振り向くことなく、鋭く言い捨てた。

 マルコは肩をすくめるだけである。

 「…やはりな。この辺りは、全く戦闘がない。まるで群衆をメディナスに追い込むように…。テロリストどもは、この地域を非戦闘地帯にして、人の流れをつくっているんだ」

 遠くからは、散発的に銃声や、ロケットランチャーの発射する音が鳴り響いている。しかし、付近から聞こえるのは、人々のざわめきや、悲鳴だけだった。

 「だとしたら、危険ではありませんか?テロリストたちが特大のスモールパッケージを仕掛けていたとしたら…」

 「まさか。そこまで、アルフハイムの警備体制が甘いということはあるまい」

 「…」

 マルコは立ち止まった。

 「どうした?怖じ気づいたのか?」

 ジェシカは振り返り、マルコを嘲笑った。

 「自爆テロ…」

 「何!?」

 ジェシカはぎょっとして、マルコの顔を睨んだ。

 「隊長さん、ちょっと、一服いいですか?」

 マルコは懐からタバコを取り出し、火をつけた。

 「小耳に挟んだ情報ですが、今回の爆破テロの実行犯である“火星の夜明け”の傘下組織“暁の挽歌”は、普通のイスラム教の信者に紛れて、潜伏していた可能性が高いそうです。シーア派かスンニ派かは、知りませんがねえ。ということは、当然、メディナスに殺到する避難民の中に紛れている可能性もある。これまで彼らが、火星の各都市国家で起こしたテロは、とるに足らないものです。しかし、巨大な標的が眼の前にあり、しかも親組織である“火星の夜明け”が、大規模な侵攻を仕掛けてきた。そうなると話は違う…」

 ジェシカは腕を組み、思案した。

 「いくら、メディナス大聖堂が、市民に開かれた場所とはいえ、爆発物に対する選別機能は優れたものを完備しているだろう?メディナスの警備陣がそうやすやすと、テロリストどもの術中にはまるとも思えないが…」

 マルコは、タバコをふかしながら、眼の前にそびえるメディナス大聖堂の偉容を見つめた。

 「隊長さん、少し様子をみましょう。どちらにせよ、あの“雪山”が、逃げることはありませんよ」

 「…雪山?」

 マルコは笑った。

 「なに、大使館の連中が、メディナス大聖堂をそう呼んでいるんですよ。ほら、あの形、雪山そっくりじゃないですか?」

 「…ふん」

 ジェシカは、興味はないとばかりにソッポを向いた。

 「まあ、とにかく、この喧噪が落ち着くまで待ちましょうよ。これだけ、人の流れが多くては、メディナスに近づけやしない…」

 その時、マルコの瞳が驚きに見開かれ、くわえていたタバコが落ちた。

 「…!」

 ジェシカも、マルコの視線の先にあるものに気づき、銃を構える。

 「誰だ!」

 ジェシカは鋭い言葉で誰何した。

 その少年は、粗末なバッグと長身の銃を肩に背負い、虚ろな視線でこちらを見つめていた。そして、マルコを見やると、正気に戻ったように、その瞳が驚きに見開かれる。まるでマルコに倣ったかのような反応だった。それぐらい、二人のその表情は瓜二つであった。

 「銃を捨てろ!テロリストだな?“火星の夜明け”か?」

 ジェシカが、その少年に銃を向け、油断無く近づいた。

 「…ファング…」

 マルコが、その少年の名を静かに呼んだ。

 「なに?知り合いか?」

 ジェシカが一瞬、マルコに振り向いた時だった。

 ファングは、銃やバッグを放り投げ、脱兎の如く逃走した。

 「あっ!」

 「待て!ファング!」

 マルコは叫び、後を追うように駆けだした。

 「マルコ!」

 ジェシカが、呼び止める間もなく、二人の姿は、街の喧噪の中に消えていく。

 「…どういうことだ?」

 後に残されたジェシカは、ただ、二人が消えた街角を見つめ、その場に佇むばかりだった。

 

 

© 2023 著作権表示の例 - Wix.com で作成されたホームページです

bottom of page