top of page

  壮麗な幾何学模様がその天井を覆い、礼拝堂に殺到する群衆を見下ろしていた。

 天井の中心には、一際大きく、そして色彩豊かな円形の模様がある。それはまさに、詰めかけた信徒たちを見下ろす、“神の目”のようにも見えた。

 メディナスの宗教施設の中でも、最大級の規模を誇るこのモスクは今、混乱の最中にある。ヒジャブで頭を覆い、子どもの手を引く女性や、礼拝堂の奥で祈りを捧げるガンドーラに身を包んだ男たち、また普段着の若い女性、作業着のままの男性など、実に雑多な服装の信者たちが、まるで押し寄せる波のように礼拝堂を埋め尽くしつつあった。

 そんな群衆に紛れ、ハサンは、獰猛な獣のように目を光らせて、もう1人の仲間を探していた。

 その仲間は、図書室に通じる扉の前で、ハサンを見つめていた。

アバヤで顔を覆った女だった。名をルカヤと言う。ハサンは人混みを掻き分け、ルカヤの元に近づいた。

ルカヤは、ハサンが来るのを待たず、図書室へと続く扉を開き、その中に消えた。ハサンも彼女に続く。

廊下の先に、その図書室はあった。

主にコーランや、歴代の聖職者の言葉、イスラムの歴史などを記した書物が、書棚に整然と並んでいる。書棚と書棚の間には、レリーフを施した柱が数本、太陽のような模様を描いた円形の高い天井に向かい伸びていた。

ハサンとルカヤは、それぞれ別の書棚に手を伸ばし、目当ての物を探した。

やがて、それぞれに書物を手に取ると、互いに視線を合わせた。虚ろな、どこか浮世離れした目であった。

やがて2人は、図書室のテーブルの上に、それぞれの書物を置いた。

2つの書物の扉には、厳重な鍵がかかっている。このモスクの図書室には、旧世紀からの古い書物がいくつか存在する。そういった書物には、保存の為にこういった特別な処置がしてあった。特別な許可が下りた場合のみ、職員から鍵を借り受け、この室内でのみ閲覧が許されるのである。

 しかし…。

それは書物ではなかった。書物に見立てたケースであった。

 数日前、2人は職員の目を盗み、書物とケースを入れ換えた。

 そのさらに数日前から2人は、毎日のように図書室に通い詰めていた。熱心なイスラム教徒であることを演じ、印象づけるために。

やがてモスクを預かる聖職者や図書室の職員とも親しくなり、信頼も勝ち得た。

そして古い書物の閲覧も許可されるようになり、その末に書物と、ある目的を達成するための重要な代物を、すり替えることに成功したのである。

そして…時は来た。

この日のために、書物に偽装させたこのケースはあるのだ。

2人は鍵を開け、そのケースに収められた瓶を取り出し、机の上に置いた。

その瓶に詰められているものは、カラフルな液体であった。ハサンのものは赤、ルカヤのものは薄い紫…。

 そして、2人は虚ろな瞳もそのままに見つめ合った。

 やがて、ハサンが重々しく口を開きつぶやいた。

 「すべては、アラーの御心のままに…」

 

 ユウキの鼓動が、キリキリと音を立てていた。そして今にも切り裂かれんばかりの痛みが、胸の奥から響く。

 ユウキの眼の前に広がるのは、まさに地獄である。

血だまりが、溶岩の川のようにゆっくりと床を這い、屍が折り重なるように山を成す。そして立ちこめる硝煙の匂い…。

 ユウキの鼓動が加速する。

 それは、ユウキがかつて目の当たりにしたあの出来事を、まざまざと鮮明に甦らせるのに充分なものだった。

突然の銃声と無数の悲鳴、そして閃光…。

母の胸が裂け、どす黒いものが飛び出す。

次の瞬間、父がユウキの上に覆いかぶさった。

交錯する無数の銃声と悲鳴…。

ユウキが気付いた時、目の前には、真っ赤に染まり、人形のように横たわる父と母の姿。そして、充満する焦げ臭さと血の匂い…。

男、女、年寄り、子ども…区別無く累々と横たわる屍…。

花々はどす黒く染まり、青空の中、無数に風に舞うバルーン…。

足下には自分を庇い、肉塊と化した父の亡骸…。

ユウキは我知らず、何度も叫んだ。

「父さん!父さん!父さん!父さん…」

幼き日、自ら発したその叫びが、脳裏を駆け巡りこだまする。

目眩を覚え、鼓動はなお早鐘を打った。

しかし!

そんなユウキが、正気を取り戻すのに、時間はかからなかった。

血の海の向こう側には、地獄の悪鬼が、異様な風体で佇んでいるのが見える。

右腕から伸びる恐ろしく長大な刃。それに胸を大きく貫かれて、串刺しに掲げられる黒服の女…。

それはライアであった。

口から透明の液体を垂れ流し、両腕をだらりと下げている。右腕は手首より下が無かったが、左手は細長い剣を握りしめていた。

しかし、やがてその細剣は、ポトリと床に落ちた。

あの冷酷な女戦士を、見るも無惨な姿に変えたその悪魔。…。

テロ組織“火星の夜明け”の首魁ブレード。

彼は、その足下に這う血だまりと同じ色に光る眼光で、ユウキを睨んでいた。

 普通なら、とても正気ではいられない光景である。

 しかし、ユウキはまるで何かに駆り立てられるように、過去の記憶を吹き飛ばし、眼前の悪鬼も物ともせず、奮い立つように対峙した。

ユウキを駆り立てるもの…。

 それは、悪鬼の向こう側で震える、幼い兄妹を救おうとする、一心からくるものなのか?

 あるいは、手にする“ユミルの鍵”の力によるものなのか?

今、この瞬間のユウキは、父と母の冷たい骸の前で、空虚な悲しみのままに泣き叫ぶ、幼い子どもではなかった。

 ただ、その悲しみと痛みと、そして怒りとを、その男にぶつけるように叫んだ。

 「ブレード!それ以上、その子たちに近づくな!“ユミルの鍵”はここだ!そして、そのマスターは俺だ!」

ブレードは、なお恐ろしい視線をユウキに向けたままである。

「これ以上の殺戮はやめろ!お前たちが求めているユミルの起動、それが出来なくなってもいいのか!」

その声は、まさに屍と血のふきだまる通路に、雷鳴のように響いた。

「これ以上、悲しみを増やすな!!」

ブレードは、不敵な笑みを浮かべた。

「ユミルの起動が出来なくなるだと?お前は何も知らんな」

ブレードは、ライアを抱えたままユウキに向き直り、ゆっくりと歩を進めた。

 「でまかせはやめろ。その“鍵”には、ユミルの起動に必要なエネルギーが、ある一定の周波数のもと蓄積されている。それがマスターと共に失われれば、ユミルの鍵は開く。エリス様はアーカイブを解析して、そこまで研究を進めているのだ」

 ユウキは、ギターを高々と掲げた。

 「何も知らないのは、お前たちの方だ。“ユミルの鍵”について、一番、理解しているのは誰だと思う?ナターシャだろ!エリスは何も解ってはいない。この鍵が壊れることによって、鍵が開くというのは間違った情報さ。むしろ、永遠にユミルの起動は叶わなくなる。ナターシャは、そう俺に教えてくれたんだ」

 ブレードは獣のように吠えた。

 「なら!それが真実というのなら、なぜお前は、それを後生大事に持っている?ユミルを永遠に封印できるというのなら、さっさと壊せばいいではないか!」

 魂を砕かんとする恐ろしい声だった。それは血塊にまみれた通路に、獅子吼のように響く。しかし、ユウキは怯まなかった。

 「“ユミルの鍵”を壊せば、ユミルの膨大なエネルギーの暴発を招く。そうなれば、ユミルが眠る星ダイモスなんてひとたまりもないぞ!きっと、星くずが隕石となって地上に降り注ぎ、火星全土は、とてつもない災害に見舞われる。なにより…」

 ユウキは言葉を区切った。

 「お前たちが連れ去ったアローラが、あの星にいる以上、俺がこのギターを壊すことなんてできない。そしてお前には、大事なエリスもあの星にいる…」

 その時ブレードは、ピタリと歩を止めた。

 「ただ!お前たちが、これ以上の殺戮を続けるなら、俺は覚悟を決める!お前には解らないだろうが、火星全土の災害よりアローラの命より、お前にこんな悲しい虐殺を見せられるほうが、俺にとっては、もっとつらいことなんだ。それに、このギター1つでエリスを葬れるというなら、例え火星全土に星の雨が降ろうと、選択肢としては悪くないさ。人が人と争い、殺し合うのを見るくらいなら、まだ自然災害のほうがマシだよ。アローラの命が失われるのはつらいけど…」

 「いい加減な嘘を!そんなちっぽけな楽器を破壊するくらいで、あのユミルの動力炉がオーバーロードするはずがない!」

 ブレードの眼光が、炎のように赤く燃えさかった。

 「…じゃあ、試すか?」

 「…」

 沈黙が流れ、張りつめた空気がビリビリと空気を震わせた。

 ユウキは喉の渇きを覚え、何度も唾を飲み込んだ。

 「…何が望みだ?」

 ブレードは静かな声でつぶやいた。

 「要求はいくつかある。まずはメディナスに潜伏したテロリストを全員、このメディナスから撤退させるんだ。ここに仕掛けた全ての爆弾と一緒にね」

 ユウキは油断のない視線で、ブレードを睨みつけた。

 ブレードは、ニヤリと笑みを浮かべた。

 「撤退させるも何も、ここに転がる屍が、お前の言うテロリスト全員だ。この女が無慈悲にも背後から銃を乱射して、彼らをこのように虐殺した」

 ブレードは、ライアの身体をこれ見よがしに、ユウキの目の前に差し出した。

 「貴様は、言ったな。これ以上の殺戮はやめろと。これ以上の悲しみは増やすなと。その言葉は、俺だけでなく、この女にも向けられるべきだろう。ここに骸となった者たちの命が、軽いものだとは決して言わせんぞ。この者たちが、貴様の言うテロリストであったとしてもな」

 ブレードの言葉に、ユウキは、唇を噛みしめた。

 「こうなって当然…とまでは言わない。しかし、このメディナスに侵入し、戦闘をしかけてきたのは、お前たちのほうだ!」

 「ふん!」

 ブレードは、鼻を鳴らした。

 「貴様が何を言おうと、この星から殺戮が止むことなどありえない。なぜなら、憎しみの連鎖が遙か過去より、輪廻の如く繰り返されてきたからだ。そしてこれからも未来永劫、続いていくだろう」

 やがてブレードの瞳が、赤く妖しげな光を増した。

 「貴様の言う言葉など、にわかには信じられん。だが貴様は、なかなかの覚悟でこの俺に挑んできた。その度胸に免じて、一度は、このメディナスから引こう。ただし、一度だけだ。次に俺に出会った時は、その命がないものと思え」

 「…誤魔化すな、ブレード。俺は、知っているぞ。メディナスに侵入したのは、他にもいるはずだ。メディナスのセキュリティを、どうくぐり抜けたかは知らないが、彼らは爆弾も所持している。それもこのメディナスを、吹き飛ばすほどの強力な爆弾を!」

 「…」

 ブレードの赤い瞳が、にわかに殺気を帯びた。

  ユウキは叫んだ。

 「ブレード!彼らにも撤退を命じろ!さもなくば、この大聖堂が爆発するだけでは済まない災厄が降りかかることになるぞ!」

 「小僧!つけあがるな!」

 ブレードの瞳がカッと見開いた。

 その時である!

 ブレードの巨大な刃に貫かれたライアの身体が…そして左腕が!

 ピクリと動いたのだ。

 そして次の瞬間!

ライアの左腕が、ブレードの首に巻きついた。さらにその袖口から、ハンドガンが滑り落ちる。左手でしっかりキャッチしたライアは、そのままブレードの口に、その銃口を突っ込んだ!

「…!」

ブレードの顎を上げたライアは、間髪入れず、親指をトリガーにかけ、その引き金を引いた。

次の瞬間、爆ぜるような轟音が響いた!

一発、二発!

銃口が何度も火を噴き、その人工の内臓を食い破った。

「…!ライア!」

ユウキは思わず叫んだ。

銃口を突っ込まれたブレードの口からは、透明の液体が大量に吹き出し、その身体の腹といわず背中といわず、あらゆる場所に穴が空き、液体が溢れ、その傷口をさらに広げた。

 やがてブレードは、その場に膝をついた。

 が、それもつかの間だった。

 ブレードの刃が動き、ライアの身体を、真一文字に切り裂いたのだ!

 大量の液体が飛び散り、雨のように床に降り注ぐ。そして上半身と下半身、2つに切り裂かれたライアの身体は、何度もバウンドしてユウキの足下に落ちた。

 「ライア!」

 ユウキは、再び、その名を叫んだ。

 そして上半身のほうに駆け寄ると、その頭を抱えた。

 ブレードは、片膝をついたまま、その動きを停止させている。

 やがて、その広大な刃は形を変え、太い棒のような形状になった。そしてその身体は、前のめりにドサリと音を立てて倒れた。

 その赤い瞳は光を失い、暗い窪みが2つ、そこにあるだけであった。

 その口には、ハンドガンが突っ込まれたままである。

 ユウキの腕には、透明の液体を、未だその口から流し続けるライアの頭があった。その右腕は失われ、腰から下は、数センチ前に転がっている。

 ユウキは慄然とするものを覚えた。

 (これが…オージンのガーディアンであることを選んだ彼らの末路…なれの果てなのか?)

 複雑な気持ちを抱えながらユウキは、何度もライアの名を叫んだ。

 やがてライアの白銀に光る瞳が、その色を戻した。

 「ゴボ!」

 その口からまた、透明の液体が溢れ出る。すると彼女の左手の人差し指が、ブレードを指さした。

 「…」

 そして首を傾け、虚ろな視線でそれを見やっている。

 「…?ライア?」

 やがてライアの瞳も徐々に光を失い、それが完全に消え去る頃には、ユウキが何度もその名を呼んでも、人形のようにピクリとも動かなくなっていた。

 彼女の指先は、相変わらず、ブレードを指したままであった。

 「おい君!大丈夫か?」

 無数の足音が響き、ユウキの元に駆け寄ってきた。“白羊の騎士団”の増援部隊である。

 見れば2人の幼い兄妹が、それぞれ彼らに抱きかかえられているのが見えた。どうやら無事に保護されたようだ。

 「!君は確か…」

 「あ!ラ、ライアが!」

 “白羊の騎士団”たちが騒然となった。司令官のカイルでさえ一目置く、ライアの無惨な姿は、それほど衝撃的なことであった。

 「隊長、“火星の夜明け”の首魁、ブレードです」

 兵士の一人が、ブレードを指さした。

 「気をつけろ!そいつは不死身の肉体を持っていると聞く。またいつ、動きだすかわからんぞ!」

 ユウキは、じっと動かなくなったブレードの身体を見つめていた。

 そして立ち上がると、数メートル先に落ちている細剣を拾う。ライアが手にしていた武器である。

 「!あっ、何を!」

 「危ないから、そいつに近づくな!」

 “白羊の騎士団”たちは仰天した。

 ユウキがブレードの身体におもむろに近づき、その細剣を振り上げたからである。

 兵士たちがユウキを制止するよりも早く、その刃はブレードの首を刎ね上げた。

 “白羊の騎士団”の兵士たちはみな、呆気にとられている。そして、ユウキが次にとった行動に、彼らは唖然とするより他にはなかった。

 なんと、首を刎ねたその細剣の切っ先に、ブレードの首を刺してそのまま、高々と掲げたのである。

 ユウキは、彼ら振り向き、微笑んだ。

 「大丈夫。ブレードはもう、動きはしない。この男は、決して不死身なんかじゃない。ライアは、命懸けでこの男の胴体内部に、銃弾を撃ち込み破壊した。そこには彼の再生機能もあった。それは間違いないよ。ライアが事切れる間際、俺にそう伝えてくれた。最初はよく解らなかったけど、このギターが俺にあるビジョンを観せて、ライアの意志を代弁してくれた。あとは…」

 ユウキは活動を停止してなお、不気味に周囲を睥睨するブレードの首を見上げた。

 そして、兵士たちが制止する間もなく、彼は走り出した。

「あっ!」

 「待て!どこへ行く気だ!」

   兵士たちがユウキの後を追う。

  ユウキは、兵士たちに振り向くと叫んだ。

  「これを戦闘区域に掲げながら、“火星の夜明け”に撤退を呼びかけるんだ。彼らは自分たちの首領が死んだことをまだ知らない。早く、この戦乱を終息させるにはこれしかない。これは俺の手でやらなければんらないんだ」

  そ してユウキは、ブレードの首を真上に掲げながら、悲鳴や喧噪、そして銃声の鳴り止まぬ街中に駈けていった。

 

首筋を伝う玉のような汗が、暁の空を映していた。喉の渇きを覚え、何度もゴクリと唾を飲み込む。

コーネリアが見上げる先には、落陽を背後に、その“怪物”のシルエットが黒々と浮び佇んでいる。

コーネリアがその両手に持つのは、携帯用のロケットランチャーである。しかしその実弾は、暮れゆく黄昏の彼方に消えていった。

その“怪物”…ヱインを狙い、発射したのだが、彼は事もなげに、その身を逸らしただけであった。

彼は、何事もなかったかのように葉巻を咥え、火をつけた。

「無駄に実弾を使っちまったな。もう抵抗するな。俺は、無駄な争いや殺戮は嫌いなんだ。こいつらのようになりたくなかったらな」

エインは、足元の兵士たちを指さして、コーネリアを見下ろした。

そのアクアマリンの瞳が、爛々と輝きを増してくる。

「向こうでよう、レスキュー部隊のお手伝いをしていたんだが、どうもお前たちのようなハイエナの臭いがしてな。駆けつけてみれば、案の定だったわけよ。まあ直感みたいなものさ。ハイドロイドに身を落とした連中には、とうてい理解できない能力だろうがな」

コーネリアは唇を噛みしめ、エインを見上げるだけである。

「とりあえず、撤退しなよ、お嬢ちゃん。あんたの力じゃ、俺には勝てねえ。あるいは…」

エインの青い瞳がカッと見開き、その視線でコーネリアを射抜いた。

 「ブレードを連れてきな!奴に泣きついてな!」

 コーネリアは「クッ!」と呻くと、ロケットランチャーを投げ捨て、肩に担いでいた銃をエインに向けて発砲した。

 と、エインの姿が消えた。建物の向こう側に飛び降りたのである。

 「エイン!」

 コーネリアは叫び、建物を迂回してエインを追った。しかし、エインの姿は、どこにも見えなかった。

 「…」

 ハアハア…と息が上がり、汗が滝のように流れる。銃口やその視線を、目まぐるしく周囲に向けるが、その気配さえ感知することはできなかった。

 突然!

 コーネリアは、背後から口を塞がれ、その喉元に刃をつきつけられた。

 「銃を下ろせ」

 エインの無機質な声が、耳元に響く。

 コーネリアのこめかみを冷たい汗が滴った。

 「俺の刃は、ブレードのものより切れ味は鋭いぞ。首と胴体が繋がっているうちに、さっさと銃を離すんだ」

 コーネリアは目を閉じ、観念したかのように銃を足元に放った。

 「よし。いい子だ」

 エインがニヤリと笑ったその時だった。

 「お前こそ。その胴体に穴を開けられないうちに、その女性を離したらどうだ?」

 エインが振り向くと、そこには巨大な銃を構え、冷たい視線で睨む武装した女の姿があった。

 「お前は?なぜヴァストが?」

 エインの驚きを他所に、その女…ジェシカはすっと眼を細め、鋭い眼光で睨んだ。

 「忘れたのか?貴様が“スレイプニル号事件”を起こした折にも、こうしてアルフハイムくんだりまでして、追ってきたことを」

 「…あの事件の調査権は、まだ活きているっていうのか?やれやれだぜ」

 エインはため息をついた。

「ジェシカさんだったか?警官のお仕事も、つくづくご苦労なことだな。だが生憎、俺には先約があってよう。あんたの相手は、この女の後にしてくれねえかな?」

 「ふん!」

 ジェシカは鼻をならした。

 「とんだ色男気取りだな。今この状況は、むしろ修羅場であることを、しっかりと認識するといい。この銃は、貴様の鋼鉄の身体さえ貫く最新式のものだ。普通の銃弾を受けるくらいの感覚でいれば、痛い目をみるぞ」

 エインは、そのアクアマリンの瞳で、じっとジェシカを見据えた。

 ジェシカは苛立つように、グッと銃を持つ手に力を込めた。

 「さあ!その女性を離して這いつくばれ!その頭を吹き飛ばされる前にな!」

© 2023 著作権表示の例 - Wix.com で作成されたホームページです

bottom of page