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 夕陽が石畳を照らし、3人のシルエットを浮かびあがらせていた。

 最新鋭の銃を構えたジェシカは、徐々にエインとコーネリアとの距離を縮める。その距離は、成人男性の歩幅にして約5歩。その標準は、エインの背中にピタリと合わさっていた。

 「エイン、その女を離せ。この銃は小型だが、ロケットランチャーより遥かに強力な実弾だ。例え、お前の身体が、鋼鉄になろうが軟体になろうが関係ない。この距離では、逃れる術もないぞ」

 エインは、そのアクアマリンの瞳で、じっとジェシカを見つめた。

「やってみろよ。こいつの命はないぜ。もっとも、この状況じゃ、お前は撃てないだろ?」

 「…そうだな。今これを撃ったら、貴様だけでなく、その女のどてっ腹にも、さぞかし大きな穴が開くだろうな」

 ジェシカは笑った。

 「人質を取っているつもりだろうが、わたしの眼はごまかせんぞ。今、わたしのスクリーンアイに内蔵された照合システムが、その女の素性を明らかにした。その女は、“火星の夜明け”の幹部、コーネリアだ。丁度いい。お前と共に葬れるなら、一石二鳥というものだ」

 コーネリアの首筋を、冷たい汗が滴る。喉元にピタリと付けられたエインの刃は、氷のような肌ざわりで鋭利な光を放っていた。

 「じゃあ、やれよ。何をのんびりしてやがるんだ?」

 エインの青い瞳が、鋭い光を帯びた。

 「そうしたいのはやまやまだが、お前には、聞きたいことが山ほどある。今はお前をコーネリア共々、捕縛することを優先したい。先ほど、大使館で待機している部下たちに、通信を送った。ほどなくここに、到着するだろうよ」

 ジェシカは、一寸のブレもなく、その銃口をエインに向けたままだった。

 「そうかよ。じゃあ、しばらくこのままだな。退屈だぜ。退屈紛れによう、おしゃべりでもしようや。俺もお前に聞きたいことが山ほどある」

 エインは、葉巻を咥えたい衝動に駆られたが、両手が塞がっている以上、それは叶わないことだった。

 「コーネリア。葉巻とは言わねえ、タバコは持ってねえか?」

 「…」

 エインはニヤッと笑った。

 「あるだろ?俺の口に突っ込んで、火をつけろ」

 口を塞がれているコーネリアは、その手を指差した。

 「離せってか?もっともだ。この期に及んで、お前の口を塞ぐ意味もねえしな」

 エインが、その手を離すと、コーネリアは毒づいた。

 「タバコなんてないね。ニコチン中毒のサイボーグなんて笑わせるな!」

 ジェシカが怒鳴った。

「勝手に動くな!」

エインは「チッ」と舌を鳴らした。

「持ってねえのかよ。口寂しいし、時間つぶしに吸いてえんだがな」

「今度、勝手な真似を始めたら、迷わず撃つ!」

 ジェシカは、吐き捨てた。

 「苛立つな。女のヒステリーは見苦しいぜ。そもそも、なぜお前は、俺たちを眼の敵にしている?ヴァストが俺やライアを国際指名手配しているのは知っているが、それはあくまで組織的な話だ。お前からは、私怨に近いものを感じるぜ」

 ジェシカは、鋭い視線でエインを睨んだ。

 「お前こそ、なぜあの時、ヴァルハラに現れた?“スレイプニル号”事件の重要参考人として、ヴァストから指名手配されていたことは、お前も知っていたはず。あの状況で、ヴァストが総力を上げて、お前たちの捕縛に動くことも解っていたはずだ。一体、なにが目的だったのだ?」

 「…?それが、お前となんの関係がある?」

 エインは釈然としないものを覚えた。

 「おおありだ!貴様、あの時、わたしの仲間を何人屠った?貴様のやったことは、ヴァルハラ警察機構に対する挑戦であるだけでなく、ヴァルハラの治安を守る、国家にとってかけがえのない命も奪ったのだぞ!彼らはわたしにとっても、かけがえのない仲間たちだった。私怨と言われれば、それも多分にあるさ。否定はしない。だがわたしが公私に渡り、お前たちに恨みをいだく道理は解るはずだ。わたしは、けしてお前を許さない。いずれはわたしの手で、必ずお前を処刑してやる!」

 ジェシカの瞳の奥に焔が立ち、異様な輝きが増した。

「それは逆恨みもいいところだぜ。あの時、俺たちだって命がけだった。光学兵器に最新式の銃、そんなものを携帯している連中を、30人近く相手取ったんだ。あんたもその内の1人だったが、さすがに、お互い無傷というわけにはいかないだろ?それはあんたもよく解っているはずだ」

 「だから、なぜ、わざわざヴァルハラに現れた!」

 ジェシカは叫んだ。

 「ジェシカさんよ、ヴァストがどれだけ、俺たちについての情報を掴んでいるのかは知らねえが、俺たちもある使命を帯びて、この星で活動しているんだ。“オージン”…知っているな。この星の歴史を創ってきた3人の女神。1人はヴァルハラに、1人はこのアルフハイムに、そしてもう1人は、火星全土を流離い、あらゆる場所に出没する…」

 エインは黄昏の空を見上げ、言葉を続けた。

 「俺たちは、ガーディアンと呼ばれる特殊な存在だ。ガーディアンの使命は、この星の女神、“オージン”を守護し、その活動を援助すること。だけどよ、仕える主君が、じっとしていることを知らず、あちこち動き回っていたらどうするよ?しかも従者は、主君が今どこにいて、次はどこに出没するか?まるで掴むことができない。そしていつも振り回されているとしたらどうよ?さらにだ、やっと所在を掴んだと思ったら、いろんな奴らが邪魔をしてきやがる。こいつの親玉、“火星の夜明け”の主魁ブレードのようにな」

 コーネリアは、「クッ」と歯を鳴らした。

 「”スレイプニル号事件”にしてもそうだ。あんたらは、俺たちのせいにしているが、あれを仕組んだのは、“火星の夜明け”…というより、ブレードだ」

 「デタラメを言うな!」

 コーネリアが叫んだ。

 「デタラメじゃない。あの時スレイプニル号には、俺とライア、そしてようやく所在を掴み、説得の末、俺たちに同行することを認めた“オージン”アローラが乗っていた。アスガルドから出発したアスガルド船籍のスレイプニル号は本来、アルフハイムに向かう予定だった。俺たちの使命は、アルフハイムの“オージン”ナターシャの元にアローラを連れて帰ること。あの時、俺とライアは、ナターシャのガーディアンだった。後に彼女の命令で、アローラのガーディアンを押し付けられるはめになるがな。しかし、スレイプニル号には、ブレードら“火星の夜明け”のテロリストどもも乗っていた。貨物室に潜んでな。奴らは、アローラの身柄を確保して、ヴァルハラに向かうために飛行艇をジャックした。俺たちはブレードらと戦闘になったが、飛行艇はすでに、ヴァルハラに進路を向けていた。その際に飛行艇の認証システムが故障、その後はご存じのとおりだ。ターミナルタワーの認証システムは、スレイプニル号をアスガルド籍の飛行艇と認証できなかった。飛行艇の操縦士も混乱の最中、ターミナルタワーからの通信に応答ができなかった。それにより、ヴァルハラ空軍がスクランブル発進。ヴァルハラ空域に入っても応答がなかったため、同飛行艇をヴァルハラ近郊で撃墜した。俺とライアは脱出したが、ブレードとアローラの足取りは掴めなかった。あんたが知ってるかどうかは、わからんが、“火星の夜明け”の主魁ブレードは、ヴァルハラの“オージン”エリスと密接な繋がりを持っている。俺たちは、アローラがブレードに拘束され、エリスのもとに連れ去られた可能性を考慮した。だからヴァストに指名手配されているのも承知で、ヴァルハラに乗り込んだのさ」

 ジェシカは沈黙している。

 コーネリアは、ふてくされた表情で、ソッポを向いていた。

 やがてジェシカが口を開いた。

 「それもすべては、アスガルドとの戦争で、ヴァルハラが焦土と化した後の話だな。あの事件が、ヴァルハラとアスガルドの関係を悪化させ、火星全土の国際情勢を大きく変化させるきっかけにもなった。その後の我々の調査で、お前たちの搭乗記録が、撃墜されたスレイプニル号から見つかった。遥か過去よりヴァルハラの女神と対立してきたお前たちだからこそ、ヴァストは、お前たちを指名手配したのだ。理由はどうあれ、一連の出来事で、多くの命が失われた事実には変わりない。お前たちの犯したことは、大罪だ」

 ジェシカは、エインを睨みつけて断罪した。

 「結局、アルフハイム…特にナターシャに縁のある者を、国際犯罪者に仕立てたというわけだな。どんなに正義を振りかざそうが、所詮はお前も、エリスの尖兵に過ぎないということだ。こいつらと何も変わりゃあしねえ」

 「何?」

 ジェシカの表情が、さらに険しさを増した。

 「解らねえのか?お前も“火星の夜明け”と、何も変わりゃあしねえって言ってるんだ!」

 エインは、鋭い口調で吐き捨てた。

 「貴様!何を言うか!」

 ジェシカは怒鳴った。

そして彼女が怒りのあまり、銃のトリガーに指をかけたその時であった。

 「!なんだと!!」

 コーネリアが叫んだ。

その瞳は、驚愕に見開かれている。

 「…!」

 「あっ!あれは!」

 エインが見たもの…。

 それは、一際高い建物の上で、まさに旗を振るように、細長い剣を振る少年の姿だった。

 彼は、大声で何かを叫んでいる。

 「ユウキ!」

 「何だと!」

 エインとジェシカが叫んだのは、ほぼ同時であった。

 それは紛れもなく、ユウキの姿であった。

 彼の振るう剣の先には、ボール大の何かが刺さっている。

夕陽に照らされたそれは…禍々しい憤怒の形相を湛える人間の顔!

 「ブレード!ブレードの首なのか!?」

 それは、“火星の夜明け”の首魁、ブレードの首であった。

 「バカな!ありえない!」

 コーネリアは、再び叫んだ。そして無我夢中でエインの刃を押しのけ、ユウキが旗のようにブレードの首を振る建物に目がけ、駈け出した。

 「あっ!」

 「待て!止まれ!」

 エインは寸でのところで刃を引っ込めた。その動作が遅れたなら、コーネリアの首筋が切られ、鮮血が吹き出すところであった。

 「止まれと言っている!」

 ジェシカは発砲した。

 「よせ!」

 それより早く、エインはジェシカを突き飛ばした。弾丸はあらぬ方向に逸れて、建物の一角を轟音と共に破壊した。

 その威力に、エインは呆れた表情でジェシカをみやる。

 「フェンリル製か。エリスはこんな代物まで、開発していやがるんだな。特殊部隊とはいえ、所詮は警察組織のヴァストが、携帯できる武器なのかよ?」

 「ふん!貴様を葬るためなら、我々はなんだって揃えるさ!」

 ジェシカは再び、その銃を構えた。しかしエインがその腕を、“銃”に変化させたのもほぼ同時であった。

 黄昏の陽光が対峙する2人を照らす。そのシルエットは、古びた石畳に細長く投げ出されていた。

 「おい!」

 「なんだ!」

 痺れを切らしたエインに、ジェシカは間髪入れずに応じた。

 「お前に構っている場合じゃないんだがな」

 「わたしもだ。お前たちが誘拐したあの少年を、無事にヴァルハラまで連れ戻すことも、わたしの任務だ」

 エインは苛立った。

 「じゃあ、銃を下ろせ」

 「ふん。お前の始末は、あの少年の身柄を確保してからだ」

 ジェシカが銃を下ろすと、エインも“銃”を格納した。

 そして2人は、同時に走りだす。

 その先には夕陽を受けながら、ブレードの首をまさに旗手のように振るう、ユウキの姿があった。

 

 ハサンとルカヤは、戸惑っていた。

化学薬品を隠すために、書物に偽装させたケース。

このメディナスを爆破させるために、それはもう1つ必要であった。それが、書棚をいくら探しても見つからないのである。

図書室の机の上に置かれた薬品は今、6つまで揃っていた。

あと1つ、全部で7つの薬品を特殊な小型器機の中に入れ、混合させる。後は、起爆スイッチを押すだけで、この建物を損壊させるだけの爆破が可能であった。

「すべては、アラーの御心のままに…」

 己の命と引き替えにジハードを成功させれば、アラーの御許、“喜びの野”まで召される…それが、“暁の賛歌”でウラマー(教義を教え説く知識人)が説いた教えであった。

 それは、多くのイスラム過激派の中で唱えられている、テロリストたちを鼓舞するための典型的な教えではあった。しかし“暁の賛歌”の教義しか知らない2人には、知るよしもないことであった。

 「ルカヤ、どこに隠したのだ?」

 ハサンは苛立っていた。

 「ここよ、ここに入れたのよ。でも無いわ。別の書物と入れ替わっている…」

 「そんな。この書棚の書物は、誰も手をつけないはずだ。よく探せ」

 その時、ハサンとルカヤは、信じられないものを見た。

 書棚と書棚の間にある柱…その柱には、精巧なレリーフが施されていた。銀色に光る金属製のそれは、柱から剥がれ、生き物のように蠢き、そして姿を変えた。

 「あっ!」

 「ばかな!」

 やがて、足の高い金属性のクモとなったそれは、その口から太い針のようなものを吹き、2人の鎖骨の辺りを突き刺した。

 2人はそのまま昏倒した。

 金属のクモは、赤く光る目を、倒れた2人に向けている。その奥は、スクリーンアイを通じ、電脳通信でカイルの電脳に送られていた。

 カイルは、“ロキ”と呼ばれるクモ型の兵器を、メディナスの様々な場所に忍ばせ、配置していた。レリーフや彫像、床の文様など、様々な形に擬態化が可能であるそれは、スクリーンアイを通して、配置された部屋などの映像や様々な情報を、カイルの元に送る役割があった。

いわゆるカイルの使い魔である。

 ソフィアから、ユウキの伝言を受けたカイルは、電脳通信を通して、“ロキ”からの情報を集約した。そしてイスラム教エリアの図書室に配置した“ロキ”から、書物を探る不審な男女…ハサンとルカヤに注視した。やがて書物に偽装したケースから、次々と薬品を取り出す彼らを見て、カイルは確信した。

 カイルは“ロキ”が検知した薬物反応を見て、まだいくつかの薬品が隠されていることを見て取った 。そして“ロキ”から最も近い位置で薬物反応が出ているケースを、長い鉄足を使い、2人の目を盗んで他の書物と入れ換えさせた。

 目当ての物が見つからず、動揺する2人の隙を突いて、擬態を解いた“ロキ”は、的確な動きで、2人を始末することに成功したのである。

 命令指揮所のカイルは、傍に控えるソフィアを見やった。

 ソフィアはおずおずとした様子で、カイルを見つめている。

 「片づいたぞ」

 カイルは無表情で、つぶやくように言った。

 「あの…申しわけありません。ユウキさんを、あのまま行かせてしまって…」

 「フン」

 カイルは鼻を鳴らした。

 「そうなることは、とっくにシミュレート済みだ。まさか、ブレードの首を使って、あんなマネをするとまでは読めなかったがな」

 「あの…」

 ソフィアは何か言いかけたが、カイルが電脳通信で忙しく指揮を執っていることを察し、沈黙した。

 彼の脳内には、様々な情報が流入していた。そして速やかに対応し、的確な指示を各所に飛ばす。

 その間、カイルの瞳孔は開き、異様な輝きが点っていた。

 「…」

 やがて瞳の輝きが消えると、カイルはソフィアに向き直った。

 「ユウキのことは心配するな。“白羊の騎士団”が、必ず彼を守る。ヱインもどうやら、彼の元に駆けつけたらしい。少し、一悶着あったようだがな」

 ホッと胸を撫で下ろすソフィアを尻目に、カイルは指揮所の正面にある巨大なディスプレイを見つめた。

 そこには、部下たちのスクリーンアイから送られてくる、ユウキの姿が映しだされている。

 「暁…」

 カイルはつぶやいた。

 「?」

 ソフィアは、首をかしげた。

 「黄昏の空が、夜明けの空に見えるな…」

 カイルの謎めいた言葉に、ソフィアは、ただ戸惑いの表情を浮かべるだけであった。

 

  

 

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